JMMメールメディア
JMMと言うメールメディアがある。村上龍氏が編集しているらしい。膨大な量送ってくれるので、あり難いが殆ど読む事はない。気になるテーマのとき、いろいろの方の見解が読める点がありがたい。これは無料で送ってくれるのですが。どういう仕組みなのか。どうやって運営が成り立つのか。そう言う事は、想像もできない。ただ、かなり専門の方が意見を出して言う事は確かだ。と言っても、私の考える方向とは乖離している場合が多く、こんな風に考える人も居るのだ、と言うむしろ腹立ちながら、参考に読むと言う事が多い。送ってもらい始めたのは、随分前の事で、何度か読んで腹が立ち、停止を申し込んだ。ところが、停止したにもかかわらず、送られてくる。それで、スパメールに指定してある。ところが何故か、削除のほうに行かずに来ている。それでつい、気になるテーマでは読む習慣がついた。
アメリカでの大学での銃での32人の殺害事件の事が、送られてきた。冷泉彰彦氏というニュージャージー州在住の作家の方からの長い文章がある。確かこの人はキャンパスレポートと言う形で、文章が時々あった。何となく、肌が合わない文章だと思って、余り読まなかった。しかし、今回は大学でも教えているらしいし、アジア系で暮していて子供も居るのだろうし、どんな風に考えているか興味があった。私も、フランスで暮した時、ビニール袋の中で暮しているような、疎外感と言うか、不思議な感覚で、失語症のような状態になった。また、フランスの在住の家族の、子ども達が、精神的に大変な状態なのだと言う事も、何度も感じる事があった。もちろん、アメリカの韓国人の問題は違った状況とは思うが、どこか、私にはその心理が通ずるような気がして、ぞっとしたところがある。
今回の事ではアメリカで銃規制はあまり問題にされていないそうだ。アメリカ人は怖いのだそうだ。銃を怖くて手放せない、そんな心理に居るらしい。もし誰かが、銃さえ持っていれば、32人も死ななくて済んだ。そんな風に感ずるらしい。確かに、銃による殺人が頻発している社会では、普通に暮す人が、そんな心理状況に成るのも無理はないのかもしれない。そんな、アメリカ人が911後のイスラムへの敵意を持つようになり、より軍事的優位を保ちたいと言う、社会状況が生まれているらしい事は想像がつく。日本憲法の平和主義など、不安で想像もできないことだろう。あれほど、銃規制の厳しい日本でも、長崎市長の銃撃があったことが、引き合いに出されるらしい。
暴力の連鎖、これが一番怖い事だ。暴力に対する不安をどう断ち切るかは、暴力で対抗するのでは、不可能だと考えておかなくてはならない。暴力が横行しない社会を作り出すことだ。格差社会こそ、暴力の温床になる。武家社会の象徴である、刀を武士だけが所持すると言う思想の背景は、権力者の不安だ。社会が階級的なれば、権力に近いものほど、不安が増す。その不安を正当化するために、暴力による支配を強めようとする。今日本はその方向に進み始めている。格差を失くすほか、社会の暴力を失くす事は出来ない。安倍政権の再チャレンジは能力主義を、助長しかねない。チャンスがあるとしても、能力主義だけでは必ず敗者は存在する。その人がその人の能力を十二分に発揮できる事が、大切な事で、他者との比較で人間をはかることは、あってはならない。