第8回水彩人展案内

   

9月4日(月)から9日(土)まで、水彩人展が開催される。場所は銀座東和ギャラリーです。水彩人展は水彩画の展覧会としては、最高のレベルの展覧会であると自他共に、否、自負している。

写りがいまひとつだが、案内状です。
この案内状は一枚一枚描いている。これは1回展のときからそうだったのだが、案内状の絵は手描きにしてきた。今回も600枚描いた。興味のある方がおられたら、まだ32枚残りがあります。必ずお送りしますので、メールで、住所お名前をお知らせください。
sasamura.ailand@nifty.comまで。

いつも、絵には明確なメッセージを描くようにしている。この案内状の絵は、中央に3つの8ミリの四角が、置かれている。3つの四角というと、この所色々考えている。農の会の、「地場・旬・自給」のことだ。これを3つの色に置き換えて、一つの点として、表現してみようと思った。点の筆触には、期待するものがある。言葉と同様に色々のことが託せると思っている。それを取り巻く、あいまいな形は、集まる人間であり、足柄という場、を表現している。取り囲む雲のような、曖昧ではあるが、美しいものだ。

絵の方もほぼ完成した。30枚ほど描いていて、3枚を出品する。どれにしようかと思っているところだ。いつもそうなのだが、こうして、選択しないで、箪笥にしまわれてしまった絵は無数にある。余計なことだが、この絵の保存用の箪笥は、私が理想と考えて、設計し、静岡の指物師さんにお願いして、作ったものだ。すばらしいものなので、いつか紹介する。

今回も、放棄された畑が、山にもどっていくところを描いている。今の今の日本を描いているつもりだ。これが無闇に美しくて、醜いならまだしも、日に日に自然に占拠されて行く姿は、どうしても美しく見える。柳田國男氏が人間の手が入った自然は美しいと、書いている。しかし、人間が何百年かけて、作った畑が、自然にもどってゆく姿も、又美しいのだ。哀れな美しさだが、悲しいような美しさだが、自然そのものより、私には強く伝わるものがある。

人によっては、手の入らない自然こそ美しいと、感じる人もいるだろう。北アルプスの白馬岳が美しい。知床の海岸が美しい。何故か今回はそういうところを描きたいとは思わなかった。動いているところに惹かれる。これはずーとそうなのだが、このある状態が、次の状態に変わる為に、戦いを起こすような瞬間がある。陸地と海が、戦う場所、岩場であったり、河口であったりする。この所に、凝縮された空間があると思っている。

人間が、何百年かけて構築したといっても、ビルや家などの崩壊過程は見るも無残だ。人が、自然と折り合いをつけようと、わずかに石を積んで、作った畑に、篠だけが入り、葛が入る。このときに凝縮された、人間の生きる姿を感じる。生きるということは悲しい事だが、涙ぐましいことだが、そのすさましいような姿が、自然によって洗われて行く様な気がするのだ。

どんな絵だか、見てみたい方は、水彩人展を是非ご覧下さい。私は4日(月)6日(水)7日(木)の午後は会場におります。

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