たんぼの会

   

ポチ田んぼの畦踏みの作業があった。ここは昨年まで2年Eさんが使っていて、会に返還した場所です。全部で、3反あって、1反は地主さんである額田さんを中心に、大豆を作る事になっている。2反の田んぼの内3畝あまりを、福永さんが自分流に耕作する事になっている。残りの1反7畝がポチ田んぼとなる。ポチ田んぼは初めての年になる。昨日の作業には15名参加していたので、メンバー数は充分だろう。

私はどこで耕作するグループでも、1年目は仲間に入れてもらっている。今まで、16グループが出来た。最初は塩沢で始めた、96年である。このたんぼには3年係った。その後が、97年に坊所田んぼが始まる。坊所田んぼは今の続いているので、10年目のグループ耕作と言う事になる。今でも岩越さんはメンバーで続けているので、小学生だった息子さんは大人になった。

現在の田んぼグループの数は10である。だから、6グループは無くなったと言う事だ。形を変えたものもある。塩沢はCLCAが教育的な意味で、係っていたので、CLCAが今坊所でやっているのが、その継続ともいえるのだろうが、農の会とは関係が切れた。CLCAが営業として事業を行うと言う事が、農の会の活動とは拠って立つところが違うので、混同されないようにすべきと考えた。

一年で無くなってしまったグループも3つある。それぞれな訳だが、やはり無くなるには無くなるだけの理由がある。これを書くと誤解を生むのでよしておく。しかし、無くなった3グループに1年入れてもらった事が、私には大きな学びになった。その経験を生かしながら、今の田んぼの会の形に進んできたと言える。続いているグループは、私が居ようが居まいが独り立ちしているところである。私が係るのは、耕作上のスケジュールの参考意見という範囲である。

一番いけないのは、分け前を先に相談することだ。何時間働いたら、どれだけお米を分けるとか。ルールばかり研究していると、話がおかしくなりがちだ。まず、1年はやってみないと、何も分からない。採れないかもしれない。豊かな収穫を終わった後ならば、考え方も余裕が出来て、いじましい話にはならない。

二番目にいけないのは、教育が先に来ること。田んぼの作業はあくまで自給生活のためであって、取れなくても、子供が学べばいい、というようなことが先にあると、どこかに無理があって、おかしくなりがちだ。
世間にいくらでもある、体験学習のやり方だ。生協やJAが主催するのはこういうことになる。教育しか拠って立つところがないから、そう主張するしかないだけだ。銀行員の仕事を体験学習する。これと比べてみると少し分かると思う。嫌な子供に無理にさせて何かになるわけがない。

学校田なども、私は無駄だと考えている。そんな事で、田んぼの何が分かるかと、思っている。却っておかしな事ばかり覚える事になる。やるなら、全てを子供がやるといい。田んぼ作りから始めて、全部やってみるならいい。父兄の農家に準備させて、さぁー田植えですよ。そこで出来る体験は嘘の体験で、誤解ばかり広がる。生産現場の本当の意味を知るには、生産者になるしかない。

農の会では自給という事を根に据えている。私はグループ田んぼで取れたお米しか食べない。その決意でのぞんでいる。甘くはないが、日々の喜びが深いと思う。田んぼグループが一つの家族になるというところが、すばらしいと思っている。家族だったら、手伝わない、娘をしょうがないやつだと思っても、食べさせない事はない。働けなくなった年寄りを、ないがしろにはしない。それぞれの役目があるからだと思う。

こうした考えかたは坊所田んぼを続ける中で学んだ。本当の喜びをえるためには、出きる者がやる。必要な者が食べる。出来る範囲ではあっても、こう考えている。

 - 稲作