酒饅頭
2016/08/07
昨日は、藤野町の篠原の里交流センターに行ってきました。酒饅頭の作り方を山崎おばあーちゃんに教わりに行きました。私の生まれた、境川村の藤垈と良く似た、山間の部落でした。お米の作れない暮らしはすぐに想像できます。
それでもフジンタでは、酒饅頭はあまり作りませんでした。お祝い事で、小豆餡の入ったものは記憶にありますが。日常ではまず、食べませんでした。
有名になったのは「ほうとう」です。冬場は連日のかぼちゃのほうとう。かぼちゃが無ければ、サトイモ、ジャガイモ、何でも入れました。これをどんぶりで1,2杯食べてから、ご飯です。子供の私は、結局ご飯は食べません。それでも翌朝の冷えたほうとうまで、私は好物でした。
夏場はこれが、「おだら」に代わります。見た目はそばと変わらないのですが、これを小麦粉で作るのです。細く、細く作るので、難しかったのでしょう。汁につけて、食べました。
私のふるさと山梨の境川では、麺といえば「ほうとう」ななります。手打ちの打ち込みうどんで、生のまま汁に入れて、煮てしまいます。味噌味としょうゆ味がありますが、私の家では醤油味でした。
多分味噌味が農家の暮らしからして、本道でしたでしょう。
この話になると、嫁と姑の揉め事を思い出します。我が家では私の仕事ですが、昔はその家のお内儀の仕事でした。嫁の仕事として渡す時が、権限の移行の様なもので、
結構微妙なところがありました。技術的に難しいので、手打ち製麺器というのが登場しました。
嫁の麺打ちがまずいと言うのを防ごうと言うわけです。おじいさんは機械の方が上手いと、何度もいっていたので、不思議な事だと思っていました。争いごとがあったのでしょう。
上手い訳がありません。随分味のわからんチンだと思っておりました。この小麦の種類が、甲州赤小麦と言って、背丈ほどある。古い品種です。だから、甲州では屋根は麦わらで葺くところが多かったのです。甲州は山ばかりで田んぼがなく、お米が採れない。麦が半分以上はいる麦ご飯よりよほど美味しかった。だから、機械打ちになったときは本当につらかったけど、さすがに何か空気を感じて、手打ちがいいとは言えなかった。
昔の篠原の暮らしの話を伺いながら、昔のフジンタの暮らしを思い出しました。そして、味噌入りの酒饅頭を作りました。このねぎ味噌餡は中々の物でした。今度の4月1日のお茶会では、これを作って出したいです。今仕込んだ酒が、沸いて来ていますので、明日には復習をしてみます。