水彩人展始まる。

   


 水彩人展が始まった。昨日は一日会場で写真撮影をしながら自分の絵のことを考えていた。作品は4点、昨日ブログに掲載させてもらったものである。直接は見てもらえないだろうと考えていたので、ブログに載せた。

 水彩人展は見てもらう展覧会でもあるのだが、私にとっては自分が絵を学ぶ場だと考えている。一年間毎日ただ絵を描き続けている。その結果の絵を絵を見る眼で見てみたいという場だ。絵を見る眼になりきるためには、展覧会という場で、仲間の絵と並べてみる必要がある。

 自分の絵を見る眼ではなく、誰の絵でもない絵を見る眼になって、自分がやってきた結果の絵を見たいと思っている。やはり、アトリエで見ていた時とは絵は違って見えた。強い絵に見えた。別段強い絵を描いているつもりはなかったが、強い絵になっていた。






 昨日ブログで書いた不安は、会場で水彩人の仲間と会い、2年ぶりの互いの無事を確認して、大きく安堵した。それだけで東京まで出てきてよかったと思った。絵の友人と会えるという事は大きな安心である。同じ道を歩む貴重な人たちだからだ。

 小田原で農の会の仲間と会えたことも安心になったのだが、絵の仲間はまたそれとは別のものだ、水彩画道場の同志というような感じなのだろう。終わりのない宇宙空間の無重力のような虚空を漂うような仲間だ。会うだけで、何か感じ合えるものがある。

 行脚する僧侶が次の参禅道場の門をくぐったような気分である。何十年も繰り返してきたことだが、命がけのことであり、いつになっても緊張する。絵を描くことの結果がむき出しになる時である。私の絵がどう見え、どう見られるのか、描いてきた生き様の結論がここで出る。


 いよいよ水彩人展、開場である。そもそも人など来てくれないだろうと思っていた。ところが、驚くことに初日は500人くらいは来てくれたようだ。びっくりしてしまった。ここにきて、東京の感染者数が200人を切ったという事があるのかもしれない。

 いままで、出歩けない状況が続き心が閉じかかっていた。そこで恐る恐る水彩人展の会場まで来てくれたような気がした。水彩人展が見てくれた人の励ましになっていればと、今回ほど思ったことはない。どの絵もこの苦しい、状況を反映して生まれたものだ。

 東日本大震災と原発事故後の絵もその影響は大きかったのだが、今回の影響は命のかかわりの深さを感じた。命の終わりを自覚して、今自分が絵を描いていることの命の意味をかみしめた作品がいくつも見受けられた。絵が一段切実になったとでもいうのだろうか。

 

 会場で自分の絵のことをゆっくりと考えた。ここからだという事は間違いでなかった。今までのことを出し尽くさない限り、次に向う事は出来ない。かなりの所で、出し尽くそうとしている絵だという事は、確認できた。出し尽くそうとしているのは良いとしても、出し切れていは居ない絵。

 描く方角はこれでいいと思った。もっと本音で、もっと自在に、楽観に至る道を目指す。見る人が楽観を共感できるためには、私自身が楽観に至らなければ、現れるわけがない。まだ楽観は方角であり、楽観の世界観を獲得はしていない。

 見て心底安心できるような絵が楽観に到達した絵だ。絵を見て、そのままでいいという安心を確信できるような絵が楽観の絵だ。私がそうした楽観を確立しない限り、絵だけが楽観という訳にはいかない。

 今回、いろいろの人と話しながら自分のやっていることで気づいたことは、記憶の風景を描いているという事である。目の前にある海や田んぼを描いていても、いつも実は記憶の中の風景をたたまの中に浮かべて描いている。

 それはあ棚の中にある海の方が目の前にある海よりも、海だからだ。私の海は、目の前の海ではなく、蓄積されたすべての海なのだ。嵐の海もあれば、月を砕いて浮かべる海もある。あくまで、目の前にある海は糸口に過ぎない。

 田んぼには何百年の歴史があり、そこにかかわる今という一年があるように、頭の中にはそのすべての田んぼというものがある。その頭の中にある記憶の田んぼを前提に、目の前にある田んぼの風景を描いている。見えている田んぼはあくまで糸口であり、頭の中の田んぼを主として描いている。

 
 
 日々不安と混乱の中で絵のことを考えているにもかかわらず、描いているときはただ没頭して描いているだけである。強い絵になっている理由は不安だったからに違いない。不安の心境の中から、楽観の絵が生まれるわけがない。

 今のままでいいという心境には程遠いい。内心、楽観どころか悲観の中に落ちている。動禅修行を続けるほかない。ここからである。やれるとすればここからのことだ。中川一政でも、梅原龍三郎でも、私が目標とする世界観は、90歳過ぎてからのことだ。

 まだ20年の年限がある。そこに向い少しでも近づけるように日々わずかづつでも進みたいものだ。やはり水彩人の仲間はなかなか良い。絵のことを語り合う事が出来る。いつか絵を語る会が再開できるようにしたい。絵は孤立して描いていてはやはりだめだ。

 そのことを改めて感じた水彩人展だった。次回の水彩人展では絵を語る会をやりたいと思う。水彩人展は見てもらう展覧会ではあると同時に、互いの作品の批評を行うという事が、会則にもある。互いの絵を喧々諤々と会場で討論しているような展覧会になればいいと思っている。そうしたことができないのでは何のために、展覧会をやっているのかがわからない。

Related Images:

 - 水彩画