水彩人の仲間たち

   



 台風の迫る石垣島を離陸した。飛行機は揺れていた。揺れても安全飛行に問題はありませんと、アナウンスされている。まあ、そうなんだけど。飛んでくれなければ、今日あたりにやっと東京に来たのかもしれない。危ないところだった。もう少し慎重に考えねば。

 水彩人の仲間とともに絵を描いている、そんな気分がどこかにある。だから迷わずやれるのだと思う。絵は一人で描いているようで、そうではないと考えてきた。ごく普通の人間が努力をして、自分の絵に至ろうとしている自覚がある。この先、良い仲間がいなければ、何処へ進んでゆけばよいかわからない。

 今年も水彩人には新しい仲間が10人も加わった。公募展が衰退してゆく中で、他にはないような素晴らしい結果ではないか。私たちの試みは間違っていない。水彩人を始めて良かったとつくづく思う。10回はやろうという約束で始めたものだったが、何と24回目を開催することになった。

 10人もいなかった仲間が、今は100人である。水彩を目指す仲間が集まり、水彩画の研究をしている。今年もすごい絵があった。すごい進歩を見せた人。変わろうとしてもがいている人。実に刺激的な絵の場面である。

 水彩人では公募展が始まる前に仲間の絵の互評会をしているのだ。都美館の地下室が白熱した場になる。まあ、全員ではないのだが、私は誰の絵でも本気で向かい合い、これだと思う事を発言することにしている。遠慮も忖度もない。

 こういう絵の会が他にあるだろうか。誰か偉いという事になっている先生がいて、指導をしてしまう会はあるかもしれない。それぞれが持ってきた絵を前にして、意見を交わす。くだらない意見を言えば相手にもされない。本気でお互いの作品のことを語り合う。この時間は尊いことだと思う。

 引き続き本展の会場でも大いに語り合いたいと思っている。その為に展覧会を開くのだ。お客様に見て頂くのに邪魔ではないかという意見もある。考え違いしてはならない、そうではない。そういう作家同士が議論をしている姿を含めてみてもらえばいいと考えているのが水彩人である。絵はそんな体裁のいいものである必要はどこにもない。

 水彩人がなければ、私の絵はどんな事になっていたかと思う。危ういところだった。だからといって、今の絵が良いと考えているわけではない。水彩人を作らなければ、きっと評価される絵を追い続けて、評価されないというみじめな事になっていたに違いない。

 何もないところから始めるほかなかった水彩人も、24回目を迎え曲がり角に来ている。やめて行く人が毎年いる。不思議に私にとって辞めてもいい人が止めてゆく、別段追い出しているわけではないのだが不思議なものだ。たぶん他所の会でも評価される人が、やめて行く傾向にある。

 特に他の有名な公募展の会員になり辞めるという人が多い。2つも公募展に所属することはないのだからそういう事になるのだろう。大きな公募展の方が名前が通るので、そちらを選択するのだろうと思う。当然のようだが、水彩人ほど絵を磨き合う事の出来る会は他にはないだろう。

 確かにある種の人には予備校水彩人は、良い大学に入る勉強の場であり、踏み台としては役に立っているのだろう。もしそういう役割だとすれば、それはそれで意味あることだから悪いことではない。水彩人の設立趣旨の水彩画の相互研究の場という事が、生きているとも言える。

 水彩人としては止めて欲しくはないが、それは受け入れるほかない。残念なことだがそれが現実である。と同時に止めてくれてよかったとも言える。社会的な立場を求める上昇志向の強い人はあまり水彩人には合わない。水彩人はどこまでも自分の絵の研究をしようという場であって、社会的に評価されるような絵を模索しているという訳ではない。

 一般に公募展では絵を研究し合うという事はない。多くの公募団体を知っているわけではないが、いろいろ見聞きしてきた範囲では、絵の研究が自由に行われている公募展は聞いたことがない。どうやって確かめたかと言うと、その会の代表的な人の絵を、その会の人にあなたは代表の方の絵を批評したことがありますかと聞いてみた。一人として批評したことがあるという人に会わなかった。

 偉い先生がいて、その先生の絵は別格に置かれるのだ。初出品の人が水彩人の同人の絵を、自由に自分の考えで批評できるような水彩人を目指してきた。もちろん、水彩人でもそういう考えの人ばかりではないとは思う。だから合わなくなってやめて行く人もいるのだろう。

 水彩人のように水彩画を学ぼうという場所は他にはないと思う。内から作ったのだからそれは間違いはない。辞めた人の絵をたまたま見ると、水彩人にいた時とは絵が変わる。上手にばかりなっている。上手は絵の外。下手は絵の内。熊谷守一仙人はそう言っていたそうだ。

 絵を世間で受けるように模索している。こういうことはどうなんだろうかと思うが、それぞれの道であるかってにすればいい。絵のことだけを考えれば、水彩人にいた方が良かったのにと思うが、絵を描いてゆくというのは、あまりに厳しい道なので、他人がどうこう言える話ではない。

 やめて行く人もいれば、新しく加わる人もいる。今年も10人もの初出品の人がいた。コロナ下で出品者自体は減少しているが、素晴らしい初出品の人が現れている。水彩人の場で各自の絵を成長させてもらいたいものだ。それが私の絵の為でもある。

 今いる水彩人の仲間には本音で絵のことを言ってもらえる。これが素晴らしいことだと思う。あの人がああいってくれた。あの人はあんな指摘をしてくれた。心にいつまでも残り、蘇る言葉がある。私自身がなんでも言いやすい人間である必要がある。

 それでなければ何も言ってもらえない。歳をとればとるほどそういう事になる。石垣島に暮らしていて、浮世離れしかねない。この3週間水彩人の仲間と切磋琢磨して、気分一新してまた描いてゆきたい。10日から17日まで会場に必ずいますので、来ていただいた方は受付で笹村居ますかと聞いてください。

 - 水彩画