必要なデジタル化が出来ない特殊な日本

   




 菅政権はデジタル化推進を掲げた。たぶん本来は実務派なのであろう。菅氏としては携帯電話料の値下げやデジタル化というような、誰にでも受け入れられる分野での日本の発展が自分の役割と考えていたのだろう。ところが、アベ政権の残したイデオロギー的政策である、学術会議の解体という最後っ屁が、菅政権を右翼臭漂う臭いの政権にしてしまった。

 菅政権にイデオロギー的臭さが染みつけば、デジタル化も出来ないことになる。デジタル化を阻んできたのは国民の不安である。情報を国家が把握して、思想的な色分けをするのではないかという不安であった。そのために国民背番号制が定着しないできたのだ。デジタル化の方が重要と思えば、素直に学術会議問題を棚揚げすれば良いのだ。

 日本のデジタル化はスタートは遅かったわけでは無い。ところが世界の流れから完全に取り残されてしまった。ここに日本の特殊性を見なければならない。政府に信用がまったく無かったと言うこととにつきるが、もう一つは、日本人が前向きな意欲を失い、既得権益ばかりに執着するようになっているところにある。

 ハンコウを止めるという、この時代には当たり前すぎる考え方ですら、山梨県知事は馬鹿馬鹿しい抵抗を試みている。ハンコウ業界の政治献金である。既得権というものがいかに政治を悪くしているかが分かる。ハンコウを残そうという議員連盟すらあるのだ。日本をデジタル化させない癌のような存在では無いか。電話を引けば、病気が広がると考えた明治時代のようだ。

 菅政権はデジタル化を政府の方針としながら、このタイミングで、学術会議の6人を思想的に反政権的だとして、排除した。このやり方こそ、デジタル化を妨げぐ要員と言うことが分からないのだろうか。スカ政権は反政権的な思想を持つものを把握して、公務員には採用しないと表明しているのだ。こんなことが分かっていて、誰が情報を政府に差し出すものであろうか。

 学術会議推薦の6名を排除した人事の理由は説明はできないと言うことである。その意味は今後も人事差別をしていくと政府が表明しているのだ。そのつもりで政府を忖度して下さいと強調していることになっている。公務員希望者の思想調査は当然行うと表明していることになる。政府が長く交代しないとこうした実害が出てくる。

 思想信条によって人間は差別されないという、憲法の規定に政府は違反して行くつもりなのだ。そのための情報集めに見える。だから理由は言えないとしているにすぎない。
 人間は多様である。その多様性こそが日本の発展に寄与するという基本理念を、政府自ら裏切ることになっている。国にとって好ましい人間だけを政府は優遇する。差別主義を容認しろと言うことをスカ政権は国会で強調している。

 投票によって一党独裁を獲得した自民党政権は、どれほど横暴であっても許されると行動するようになった。この状況でデジタル化を行えば、国民のロボット化の前提になってしまう。政権が変わるのであれば、次は右翼的な人材は公務員に採用されないと言うことだってあり得るのだ。

 いずれのこともあっては成らないことなのだが、スカ政権では人事を操作するのは当然だと言い切っているのだ。しかも6名が安保法制に反対したことは分かっている。日本の芸能人が反政権的なことを発言できないのは、テレビ局の政府への忖度があるからだ。自民党ではスポンサーに圧力をかけ手番組から降ろせと恫喝までしている。

 韓国や台湾がいち早くデジタル化を成功させ、コロナを切り抜けた原因は政権交代が行われるからである。情報の独立性を保持しなければ、互いに不利益を被る可能性があるからだ。有権者の意識が優れているからだ。日本の有権者は、残念ながら正しい選択が出来ないでいる。

 日本人は現状維持が好きなのだろう。変わることに臆病になっている国民なのだろう。既得権を守りたい国民なのだろう。スカ政権の自民党での選択は、アベ後継と言うことだけである。アベ氏の作り上げた既得権を失わないと言うことだけが選択なのだ。本当はそうでもなかったのだが、アベ氏の最後っ屁にやられたのだ。

 それは忖度を続けてきた人にしてみれば、当然のことになる。アベに忠誠を誓って優遇されてきた人はアベチルドレン化しているのだ。次が反アベの総理大臣では不都合なのだ。これは、野党に変わる以上に困ることと捉えられているのが、自民党の内部的意識だ。

 今更のように、スカ政権の後は第三次アベ政権とまるでプーチンのような状態である。このまとわりつくどうしようも無い既得権構図は報道の世界から、経済界まで、覆いつくしている。勲章が欲しい人は当然忖度しなければならない。花見に出たい人は忖度しなければならない。

 こうして日本の社会は活力を無くしたのだ。デジタル化では周回遅れになってしまった。再生可能エネルギーも、既得権の電力会社に押え込まれた。変わることが出来ない国家になってしまったのだ。この間世界の産業はデジタル分野で大きな変化を来たした。これができない日本は衰退をしているのだ。

 日本が高度成長できたのは敗戦によって、既得権が消えたからなのだろう。誰もが何も無いところから頑張ることが出来た。ところがいち早く成功を収めた日本は、21世に入る頃から完全な停滞をした。現状を乗り越える意欲を社会全体が失った。新しいことを嫌がる国になってしまった。昔はイギリス病と言われたような病にかかったのだ。

 学術会議のありようが問題なら、推薦外しなどと言うところから入るべきではない。一度、推薦どおりやりに認証すればすむことだ。それが出来ないところに菅氏の弱点がある。つまり、嫌みな人事で人を動かしてきた人間なのだ。これこそ問題である。

 イギリスは一度EUに加盟した。もめにもめて加盟した。そして又、もめにもめ離脱した。要するに現状が行き詰まり、何かしなくては成らないがその道が見えないのだ。今は良くないと言うことがEU離脱になっている。

 大阪都問題に似ている。大阪が都になろうが成るまいが、変わることは無い。気分の問題に過ぎない。根本的には関西の東京圏と比べる地盤沈下である。なんとかしなければならないが、方法が分からないモヤモヤが、一時は大阪都で晴れるのではないかと、住民投票を繰り返しているに過ぎない。

 日本はデジタル化しなければならない。そのためにはデーターが政府からも独立していなければならない。政権が変わったからと言って、誰も困らないよう制度を構築しなければならない。それが大前提である。それが出来ないままデジタル化されれば、スカ政権はそれを使い国民の操作を始めるだろう。

 ナンバー制度と国民健康保険と連動させることになる。病歴が政府に筒抜けになるおそれがある。保険会社が利用するのだろうか。公務員採用に使うのか。調査会社もその情報はほしがることだろう。政府がデジタル化の大前提として、情報が間違っても漏れない制度の構築する以外に道はないのだ。

 - Peace Cafe