「イリオモテヤマネコ」戸川幸夫著の再読

   

 海の向こうに見えているのが、西表島である。ここに奇跡のように、イリオモテヤマネコという貴重な野生山猫が生き残っていたのだ。現在100頭以下が生息しているだろうと言われている。残念ながら減少しているのではないかと言われている。
 「イリオモテヤマネコ」戸川幸夫著を再読した。高校生の頃世紀の大発見と言うことで、新聞に掲載されていたような気もしたのだが違ったのだろうか。イリオモテヤマネコを飼っていた戸川さんがなんともうらやましかった記憶がある。あのときの島の見える石垣島に住むことになるとは思わなかった。

 熱中して読んだ。石垣島に来てもう一度読んでみた。前とは大分違う感想を持った。猫を食べた話があちことに書かれていて、世紀の大発見の背景にある、西表島の60年代の状況を感じさせる。西表島の明治時代の石炭開発のことを含め、八重山諸島の歴史とついこの間までの暮らしのことを思った。

 西表島での明治時代の森林開発。そして、植民地労働者を酷使した炭鉱開発。未開地域としての位置づけ。しかも、野心の渦巻く西表島を開発する政府と資本家の登場。マラリヤの蔓延と、無理な入植と挫折。戦後も続く困難な入植。その意味で、屋久島などとは全く状況が異なる。そこに起こった、イリオモテヤマネコの新発見。

 動物の本が動物好きの人間にした。母が月に一冊づつ買ってくれたのだ。きっと動物好きに成って欲しかったのだろう。動物の本が私の生き方を決めたような気がしている。講談社/少年少女世界動物冒険全集少年少女動物とシートン動物記が自然を見る眼を変えてくれた。動物というものの世界の魅力が、読書と言うものにのめり込ませてくれた。

 戸川幸夫は毎日新聞の記者だったのだが、高安犬物語を書いて直木賞を受賞した。日本の動物小説を確立させた人とも言えるのだろう。長く動物愛護協会の中心人物であった。動物好きとして随分と動物の本を読んだ。シートンを代表とする海外の動物物語に比べると日本のものは若干見劣りがする気がしていた。

 今回イリオモテヤマネコを再読して、何故動物愛護協会を続けながらも、イリオモテヤマネコのことから離れたのかと不思議に思っていたことが、少し理解できた。地元の自治体から、人間より猫の方が大事なのかというような、強い反発や抗議が起きたと言うことが原因だったようだ。

 自然保護と西表島の地域人達の生活が対立してしまった。石垣島に来てみて、そういうことは、今でもままあることが実感できた。西表島は世界自然遺産を目指している。これも観光目的つまり、経済が良くなることが優先されそうな気がして成らない。自然保護の方に全体が向いている状態であればイリオモテヤマネコの現状はもう少し違う展開になっているはずだ。

 西表庵植物園・高相徳志郎氏が提起。 西表在来植物の植栽で地域振興を進める会は2013年に設立されました。会の目的は、在来植物の植栽とこの普及、 植栽植物の探索 、在来植物の植栽による地域振興への貢献です。会代表の西表島での学術的活動・履歴につきましては総合地球環境学研究所のサイトをご参照ください。

 現在の西表島は観光と自然保護の対立というようなことだろう。今もイリオモテヤマネコの生息地の保護のためにクラウドファンディングを立ち上下無ければならないような状況なのだ。西表島現地の保護団体が、保護地域を300万円で保護しようという計画のようだ。参加させて貰ったが、実際の整備活動にも加わりたいと考えている。

 現在目標額300万円にたいして55万円が集まったところにすぎない。300万円が集まらないようでは、イリオモテヤマネコは絶滅すると言うことになる。世界自然遺産どころではない。日本人の自然保護意識というものが、この程度のことであればそれはそれで致し方のないことだ。日本人の自然保護意識はどうなのだ。全国紙はこのことを報道しているのだろうか。
 西表島データ
周囲/130km
面積/289.27ヘクタール
人口/2,282人(男:1,195 女:1,087)
世帯数/1,200戸 人口は停滞している。2,407人に令和に入り増加。農業は老齢化で減少傾向。人口増は流入人口で、観光関係や飲食の関係のサービス業が増加している。
 一次産業の減少で島中央部の開発は止まっていて、原生林に戻ったところも多い。ただ、ずさんな農地化が行われて、島周囲への赤土の流出は今も続いている。

 環境省の現状認識をホームページからイリオモテヤマネコについて上げておく。
3.生息を脅かす要因
  • 交通事故
  • 好適生息地の消失及び改変
  • 不適切な飼養をされた飼いネコとの間でFIV(猫免疫不全ウイルス感染症)等の重篤な伝染性疾患の伝染や生息地内での競合
4.保護増殖事業の概要及びその効果
  • 昭和49年度から生態・生息環境等の調査を実施
  • 平成6年国内希少野生動植物種に指定、平成7年保護増殖事業計画(農林水産省、環境省)策定
  • 平成6年より西表野生生物保護センターを拠点として、生息状況等のモニタリング、行動圏調査、外来生物等による影響の防止、普及啓発、交通事故防止対策等を実施
5.他法令等による保護の状況
  • 鳥獣保護法:生息地の一部を国指定西表鳥獣保護区に指定
  • 自然公園法:生息地の一部を西表石垣国立公園に指定
  • 文化財保護法: 国の天然記念物(昭和47年)、特別天然記念物に指定(昭和52年)
  • 条例:竹富町ネコ飼養条例により、飼いねこの管理について、マイクロチップによる個体登録、西表島に持ち込む個体の検疫が義務づけられている。

 その提言によると、「地域住民の多くが世界遺産登録に難色を示す中、前のめりに手続きが進められています。登録される・されないにかかわらず、西表島の自然環境保全には、早急で実効性のある対策が必要となっています。」とあります。

 日本で最も重要な哺乳類の保護が万全ではないのだ。毎年交通事故死が続いている。幸いこのところ一年半ほど事故が起きていないが。「ヤマネコの交通事故死は右肩上がりで増加してきました(年による増減あり)。対策として、道路沿いでの草刈り、アンダーパスの設置、道路への侵入防止柵設置等が取られてきましたが、ヤマネコの個体数は増加していません。むしろ減少が推測されています。西表島の世界自然遺産登録を想定すれば、島を訪れる人が増え、ヤマネコの交通事故は増加するでしょう。」

 「当プロジェクトでは浦内川に接する湿地(浦内湿地)、約20ha、に餌場となる池の造成を計画しています。山地沿いの放棄田を常に水が張る状態にして、ヤマネコが餌を捕れる池の造成です。水の流れがある池と淀んだ池の二つとします(各10m四方)。私たちは放棄田に畔の様なヤマネコが歩ける堤を造る予定です。」

 自衛隊基地には住民の賛否は関係ないとして、あれほど強引な手法で建設を進める。ところが国はイリオモテヤマネコを保護することに実に消極的だ。何故だろう。何を守るために自衛隊の基地を作るのか。イリオモテヤマネコなどいなくなってもかまわないというような日本人を守るためなら、やめておいた方が良い。

 日本で最も貴重な野生動物が絶滅の危機にあるにもかかわらず、300万のお金が集まらないのだ。たとえ、300万集まったとしても高相さんによると、十分とは言えない状況らしい。私はたちまち集まるだろうと思っていただけに、情けない気分である。

 お金もなんとしても集めなければならないが、それ以上に300万で整備する労働力の方が心配である。これはボランティアで整備する材料費ぐらいである。私もまだ動けるので、参加するつもりだ。

 その昔、戸川幸夫さんがイリオモテヤマネコを探して入った、イナバ部落そばである。今はもう集落は失われた。浦内川のそばの湿原の整備らしい。肉食獣である山猫の保護は極めて困難な事業だ。この小さな島に生き残っていたことが、まさに奇跡的なことなのだ。

 この奇跡をなんとしても守りたい。先ずは何が自分には出来るか.そこから考えてみたい。

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