石垣島での素描について

   

①宮良川中流域右側は田んぼで、水が入り始めている。
  素描を描いている。水彩画を描いていて、少し考えている間に素描をやってみることもある。素描では自分の表現したいことには近づけない。素描がまだよく分からないのかもしれない。

 それでも不思議に素描をしたくなる。何をしているか自分でも考えてみたいので、ここに並べてみる。上手な素描とも、良い素描とももちろん言えない。私らしい素描というのかさえも分からない。そのとき描きたいように描いたものだ。

 すべて大きさは中盤全紙である。紙はパミス。水彩では余り使わない紙なのだが、素描には良い。写真がひどく暗い。スマホでとっているのだが、そういう調整までまだ分からない。鉛筆のない白いところは真っ白な紙である。

② バンナ岳中腹の農場 後ろの山は於茂登岳 右側のヤシが面白くて描いている。これは何枚か描いた今のところ最後の物。後からの方が良いと言うことはない。
 葉の出方が面白い。幹も面白い。こういうことは水彩画の時は考えないことだ。色に意識が言っている。それは細かくあれこれ見ているのも、水彩画の時にはないことだ。

③ 名蔵湾を見渡す牧場からの風景。 素描の方が忠実に描くようだ。素描が狂わない自信があって、どこから描き始めても、ぐるぐる巡り巡って描き終わるとつじつまが合っている。デッサンが狂うと言うことはない。

 若い頃デッサンばかりやったためだと思う。だから良いデッサンになっているなどと言うことは全くない。この素描ではこの範囲を描こうと考えて、どこか気になるところからスタートする。その大きさや位置はここだと決めて始めると、描き終わるとその通りに入っている。

④ 宮良川 中流域 割合良いかもしれないと思っている素描である。どこか気持ちが入っている。鉛筆の線に勢いがある。


⑤ バンナ岳 中腹にある樹木。惹きつけられる木ではあるのだが、全く描けていない。描けていないのは説明ではなく、この木の持つ魂のような物が捉えられていない。見えているのに描けない。残念だ。
 この素描も何枚か描いた後の方のものかもしれない。

⑥ 宮良川の上流に向かって描く 川の水面が素描できればと思いながら描いていたが、少しもかけなかった。水彩画でも描けないのだが、素描では手も足も出ない。
 川を描いていると、空を描いているのだと感じる。どういうことだろうか。形がなく色が似ているからか。

⑦ 何故こんな素描をしたのか分からないが、人物クロッキーではこんな線で描いていたことが多かった。その後クロッキーでは鉛筆を使わず、筆だけで描くようになった。

⑧ バンナ岳中腹の農場。農場はまだいいのだが、海とか空をどう素描して良いのかが分からない。

⑨ この素描も同じ場所で描いたのだが、困って描く位置を下げて描いてみた。海がないからどうにかなるかと思いきや同じことだった。

⑩ ②番の絵の先に描いた物。木の高さがそろったので、②番では変えた。案外そろっている方が面白いところもある。葉がこの素描ではダメだ。それにしても道がダメだ。
 道は面白いのだが、何もないアスファルトである。何も無い所を素描するのは難しい。

⑪ ふさきリゾートの上の方にある牧場。実に面白い場所で、まだまだ描いてみたいと思っている。水彩とは違うところが描きたくなる。その気持ちもまだよく分からない。
 ここを水彩で描いたことはまだない。何故だろうか。たぶん海に落ちて行く向こう側の斜面の茂みの切れて行く感じが素描でやりがいがあったのだと思う。素描はやるべきことがはっきりしてくると面白くなるようだ。

⑫これも同じ場所なのだが、あえてこれだけで終わりにしてみた。もう少し描くべき所だけはかなければつまらない。

⑬ 名蔵湾のいつも描いている場所。水彩画を描いている合間に描いてみた。建物当たりはこんな描き方はどうしようもない。ついつい素描では写し取ろうとしてしまう。ひどいものだ。

⑭ これもバンナ岳中腹に有る樹木 やはりこの樹木の持つ何ものかが捉えられていない。もう少し続けてやるべきだ。


⑮ これは白保にある廃屋の山羊小屋。よく見ると白い山羊がいるのがわかる。この素描はとことんやってみた。手前はオクラの畑である。余りにオクラが面白くて、熱心に描いた。電柱まで描いた。この日はそういう風に描きたかったのだ。

 丸一日かけて描いたものだ。一日かけて一枚を素描をしたのは初めての経験である。

⑯ バンナだけ中腹の樹木 3枚の中では一番近づいたような気がした。

⑰ 崎枝の水田 ここは大分描いた。素描もこのほかにも何枚かやった。

 並べてみるとダメはダメなりに、何とかしようとはしているようだ。

 - 水彩画