自民党反主流派の消滅
自民党には表立って、アベ政権に対し異論を唱える人が一人もいない。過去にない与党の異常な状況である。この原因ははっきりしている。「小選挙区制」である。安倍晋三氏に気に入られた人で自民党はできている。中選挙区制であった時代には、同じ選挙区で自民党は二人立候補して、競った。2人とも当選することもあれば、2人とも落ちることもあった。2人の自民党公認候補がいるという事は、自民党に2つの考えが共存していたという事でもある。さらに5人もの候補者が競う選挙区となれば、無所属を含めて、多様な考え方の人が登場した。政治家の中には一匹オオカミのような、お山の大将のような人も結構いた。総理大臣だからと言って従うだけの自民党議員ではなかった。この状況が、自民党内に反主流派というものを作り出した。政治は野党とおこなうのではなく、自民党内で行われていたような傾向があった。それが政権の独走の歯止めにもなっていた。
アメリカのような立派な国になるためには、2大政党制になる必要があるという主張で、小選挙区制に変えられた。小選挙区に変わり自民党だけの政治は一度は終わった。ところが、この時できたマニュフェスト政権は官僚の反撃にあい、成果を残せないまま終了。その後完全なる自民党支配に入る。それがアベ政権である。このアベ忖度政権は日本が立憲民主主義を始めて以来の、特殊な状況の産物だ。日本の政治風土には中選挙区制の方が良かったのである。あの頃の方が議論というものが存在した。どんな選挙制度にも、良いところと悪いところがある。但し、日本人の体質のようなものには小選挙区制は良くなかった。日本人の体質にはお上意識が根強く残っている。このお上意識は、虎の威を借る意識でもあろう。封建制度の名残でもあるが、既得権益意識でもある。仕事を貰うのに有利なつながりであったり、就職でお世話になったりする。警察へのお願いを繋いでもらうというようなこともある。地域によってこうした意識の濃度差はあるのだろう。日本の伝統的な慣習と政治は結びついていた。
消えて行こうとしていた封建制度を、政治の世界に復活させたのが、小選挙区制度ではなかろうか。小選挙区を続けている間に、自民党の政治家というものは、自民党に就職したような意識の人たちになった。政治の理想を持たないお家ごもっとも人間である。牙を抜かれ、思想を語ることがない政治家。何がやりたくて政治家になったのかが不明な人たちである。自分の考えを述べることはまずない。自民党の方針がご無理ごもっともである。就職した会社の営業方針は学ぶものである。自分の中にある理想を語るのは、管理職にならなければ無理である。管理される立場の間は、言われたことを要領よくこなしてゆくだけである。自民党議員は幹部以外は意見を言わなくなった。物言えば唇寒し秋の風。駆け出し議員は次の公認が得られないことになる。出世の道が閉ざされることになる。自民党に入っていれば、議員バッチを付けていられる可能性が高い。
ではなぜ、有権者の多数がこの自民党議員に投票するかである。別段自民党への投票が増えたというほどではないが、30%台の票は必ずある。一つには公明党の立ち位置の異常がある。公明党は自分の考えを表明しなくなった。弱みでも握られているのだろうと考えるしかない。もう一つは有権者が守りの空気のなかにいるのだろう。トランプアメリカの一国主義と、中国の大国化。韓国や台湾の企業をはじめとする新興勢力との競争に敗れ始めた日本企業。この不安状況に、弱気になり始めた日本人がいる。競争主義をみとめて敗れたものは、従う気持ちで生きるしか残らない。この状況を変えるのが本来政治である。国の方向性を論議し、導き出すのが政治だ。その為には小選挙区を元の中選挙区制に戻すほかない。それは自民党の為でもある。このままでは、アベの次にはさらなるアベが登場することだろう。このブログがこれほど反政府的になったことはなかった。アベ的存在ほどきけんなものがないからだ。