対馬カワウソの発見

   

対馬でカワウソが発見された。DNA鑑定の結果ユーラシアカワウソであり、日本カワウソが生き残っていたのではないことが分かった。少し残念な結果になった。山梨県の境川村藤垈では、50年前には確かにカワウソが生息していた。向昌院の池の鯉をカワウソが食べに来ていた。その頃の2,3年の間だけ、10回ぐらいは鯉が食べられ、2回は祖母とおじさん2人が目撃した。目撃したのは明るい時間だった。夜明けごろ食いちぎられた鯉を朝私は見たのだが、カワウソ自体は見ることが出来なかった。立ち上がりこっちを見ていたそうだ。その姿が河童のようだったといっていた。韓国では町のどぶ川に沢山生息している。日本では何故絶滅したのだろうか。何が韓国と違うのだろうか。日本での絶滅は乱獲と言われているが、何故韓国では大事にされているのだろうか。韓国から対馬にどうやって流れ着いたのだろうか。オス2匹とメスが1匹いるらしいという事だ。この3匹からカワウソは増えるのだろうか。あるいは居なくなるのか。さらに流れ着くことがあるのだろうか。

対馬と韓国の距離は50キロしかない。この距離であれば、カワウソなら泳いで渡ることは問題ないだろう。日本カワウソは相当の距離を移動していたらしい。もちろん島伝いに、また川をさかのぼり長距離移動して暮らしている生き物と言われている。対馬のカワウソの今後を温かく見守ってもらいたいものだ。日本人もこうして海を渡って日本列島に流れ着いたはずだ。小さな船出来たのだろう。カワウソが3匹だけで繁殖を続け、増えるものかどうかも興味深い。日本人が何人ぐらいまとまって移動してくれば、日本列島に定着できたのだろうか。多分10人ぐらいでは難しいことだろう。50人ぐらいいれば大丈夫な気がする。時間差で何百年の間に、次々に渡ってきたのだろう。ある時期に台湾の方にいた人々に移動する機運が生まれる。移動しなければならない事情が生まれる。アフリカから何万年もかけて移動してきた位だから、人類は常に新しいところへ広がろうとする生き物なのだろう。カワウソならば対馬で増えれば、今度は福岡辺りに移住する可能性もある。それには何万年はいらないのだろう。

身近にある生物の大半がいつの時代かに日本列島にやってきたものだ。最近来たものを帰化生物として、少し昔から日本にあった在来種と交雑するとか主張する人がいるが。つまらないものの見方である。イネだって帰化植物である。瑞穂の国の大切なお米だって、日本人が来た時よりだいぶ後になり、つい最近日本列島に来たものだ。太古の自然を守るというような、一切の手つかずの自然環境を守るというような自然保護と、日本のような里地里山の自然環境を守るという事では、全く異なる保護の思想を確立しなければならない。この辺が西表のユネスコ自然遺産登録では明確になっていない。小田原では、小田原めだかという固有種が存在する。固有種といっても見た目が異なるという事ではなく、DNAが少し他と違うという事らしい。この小田原めだかの保護を一応の旗印にして桑原の里地里山環境を守ろうとしたことは正しい方向性である。環境保護の為に小田原めだかのDNAに拘るのも許されるだろう。しかし、そのこと本当の所はさして意味があることではない。里地里山環境の保全から見れば小さなことである。

日本に存在する生物はすべてが、カワウソのように渡来したのだ。今帰化植物などと言われ、毛嫌いされている黄菖蒲という美しい花がある。舟原の溜池にも自然に咲いている。これを取り除くべきだという意見がある。全く無意味な考え方だ。デンジソウならば水田雑草であれ絶滅危惧種と言われ保護の対象になる。田字草だって帰化植物なのである。メダカだってそもそもお米と一緒に来たのであろう帰化生物なのだ。渡来した時代の違いをでたらめでかまわないという訳ではないが、こだわりだけで根拠のない保護思想を里地里山に持ち込んではならない。日本人の美意識が許す生物であれば、里地里山では受け入れるべきだ。ハクビシンやアライグマも確かに困る。同時にタヌキだって、鹿だって、猪だって、サルだって、里地里山では困る。何を守るべきかといえば、人間の暮らしである。暮らしを失ってしまい、観念的に自然保護を唱えたところで、方向違いである。自然保護を主張するなら、田んぼ位はやってみなければ話にならないだろう。あの夏の暑さの中の他の草取りを経験してからものを言えと言いたい。

 

 

 

 

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