羽生竜王7冠達成

   

羽生ファーンとしてこれほどうれしいことはない。羽生竜王は将棋の天才である。羽生将棋は羽生マジックと呼ばれた。一般的には負けになるだろう局面の先に勝ちを見つけているからである。対局者はこうなれば勝ちになると思い込みしめしめと進める。ところがその勝利のはずの局面には実は、羽生の発見した落とし穴があり、もう戻ることは出来なくなっている。この落とし穴が実に斬新で、それまでの将棋を覆した。その為に、羽生竜王より前世代はだれも勝てなくなった。大山名人が少年羽生に敗れた時、こうすれば勝てた勝てた悔しがっている姿が印象的であった。つまり必然で敗れたことが、それまでの常識からすると考えにくいことで理解できていないようだった。この常識の先にあるものを見ようとする、先見性が羽生将棋の真髄である。これは、まさにコンピュター将棋の発想と似ていた。先入観が捨てられるのだ。だから人間は今まで培ってきた大局観から、まさかこんな悪い手を指してと進んで敗れる。

羽生竜王の7冠達成の記者会見が見ものであった。以前、東京電通大で羽生竜王の講演会があったので、天才の話を生で聞いてみようと思い出かけたことがある。この会見はその時と同じ印象がある。実に明確で論理的である。どのような質問に対しても、自分の考えを正確に語ることができる。相手の質問が対局者の指し手の様なのだ。どの手を指せば最善かを慎重に判断して、少し呼吸を置いて答えている。電通大の講演はAI将棋との関係である。AIをも利用して、将棋の奥議を極めたいというような意思を感じた。逆に言えば、AIには奥議は極められないという思いを感じた。AIの方が強くなったとしても、自身が奥議を極めるという事とは別のことだという意識ではないかと思う。将棋を指す人生というものを感じた。物事を深めてゆく道筋のようなものを、羽生氏は考えている。対局相手に勝てばいいなどという低次元の意識は全くない。将棋というゲームを極めたいということなのだろう。

今年羽生将棋は少し低迷した。将棋指しになっていらの通算成績が71、2%の勝利である。今年度は55、8%の勝利である。70%以上勝つという事は将棋では圧倒的という事で、あり得ないことだと思う。将棋には敗因はあっても勝因はない。というのが私の見方である。30%しかミスが出ないという事が、あり得ないことなのだとおもっている。現在、1390勝である。1500勝達成したときに、70%を超えていてもらいたいと、長年思っている。大山名人が最高の勝ち星で、1433勝である。この勝ち星を超えるときには必ず70%を超えていてもらわなくてはならない。現在47歳であるから。あと10年間タイトルホルダーでいるはずだ。居て欲しい。過去50歳を超えてのタイトルホルダーは大山名人だけなのだ。もしかしたら羽生竜王であれば、60歳のタイトルホルダーも可能かもしれない。しかし、藤井康太4段を代表する新世代はなかなか手ごわい。

羽生氏記者会見の中でも語っていたが、近年将棋が大きく変貌しているという事。その変貌への対応が、若い世代よりも、47歳の方が難しいという事。よってどのように自分の先入観を捨て、新しい発想に進むことができるかという事が、重要だというのだ。これはAIの登場で囲碁が変わろうとしている中で、井山7冠が同じことを発言していた。自己否定するという事の意味の大切さを、知ることができる。最も強い人が、自己否定するという事の意味を語っている。ここに、将棋や囲碁の奥深さを感じる。一段強くなるためには、強くなった発想法を捨てなければならない。そこまでたどり着いた方法論を捨てなければならない。強くなった時には過去の自分というものの発想の間違いが分かるのだ。

絵を描くという事は、将棋よりもさらに難しい。勝つという事も、描いて結論に至るということも、そこにはない。何でもよいのだが、何でも間違いなのだ。間違いでありながら真実である、というまさに生きるそのものだ。ここに絵を描く生き方のやりがいがある。褒められもせず、経済から言えば無駄、丸で無意味な行為を重ねる。だからこそ生きるという真実に正面から取り組めるものだと思っている。山之口獏流に言えば、「それが生活の柄」というしかない。何処から来て何処へ行くのか。この生きるという事をとことん味わおうとするのが、描くという事だと思う。あらゆるゲームがコンピュターの方が強い。これから機械の方が人間よりはるかに強いものになるだろう。しかし、羽生名人の価値が下がる訳ではない。どれほど強くとも機械はしょせん機械である。絵で言えば、写真機である。絵画がどれほどリアルに表現できるかという事にかちがあるのではなく、その人間としての表現の問題であるという事によく似ている。絵画が写真が出来てそのやるべきことが明確になったように、将棋もこれからその存在価値が変わるという事になる。

 

 

 

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