大相撲と暴力
日馬富士の暴行事件はもう忘れたいことである。ため息をつきながら、相撲の一番一番をテレビで見ていると、相撲の中にはまだまだ素晴らしいことがあると確信した。感動するものがある。ボクシングでも、レスリングでも、柔道でも同じことなのだろうが、やはり相撲という様式化された人間同士のぶつかり合いにはほかにない良いものある。この一瞬には特別なものを感じる。この特別な感じのなかに、日本人というものが現れている。儀式であり、神事でありながら、戦いである。それはどこの民族でもあるに違いはないのであろうが、その相撲という神事が、江戸時代に芸能化した点を考える必要がある。これが日本という国が独特の近代化の中に今でも漂っているという事だろう。相撲が行われてきたのは村の鎮守の祭りと繋がっている。アニミズム的な五穀豊穣の祈りと、感謝である。村の実りを司る神の前で力自慢、力比べをする。村一番の力自慢が大きな石を持ち上げる。それが神への感謝や願いを捧げる気持ちになる。
それを芸能に仕立てたのが、江戸時代の文化である。負け相撲という芸があったそうだ。一人相撲という芸がある。一人で四つん這いになり、相撲を見せる芸らしい。観客が相撲取りの名を呼び、上手投げとか叫んでお金を投げる。見事に勝負がつく。それがついに、負け相撲の芸というところまで行く。負け方の見事さを見せる芸。勝ち方ではなく、負け方の方に着目するという発想の素晴らしさ。観衆の中に、相撲で見ていたものが、勝ち負け以上のものであったことを表している。そもそも横綱というものは存在しない。横綱はあったとしても現実の力士は大関までである。横綱などあり得ない訳だ。この文化的な奥深さが江戸時代の日本だ。現代社会は単純に強ければよい。2回の優勝で横綱になる。などという規則を作る。それでないと公平でないという幼稚な観衆が相手なのだ。相撲協会も満員御礼で大儲けがしたいから、くだらない世間の価値観になびくだけである。競争主義。公平平等。1番でなければダメなんです。
この危うい社会の中で、かろうじて文化としての大相撲が息づいてきた。今でも横綱には人格が求められる。酒を飲んで大暴れをするような相撲取りはどれほど強くとも、10回連続優勝しようとも、大関どまりであるというような気持がわずか残っている。0.01秒早いから金メダルというような、オリンピック世界に大相撲はない。これが、相撲取りの部屋という制度の中での弟子の育成に表れている。この伝統的な弟子の人間としての成長を大切にする部屋が今でもある。大半の部屋は強い力士を育てることだけに翻弄されている。強い力士を探す結果、モンゴル人力士の育て方がよく分からないまま、受け入れ失敗を繰り返している。強ければ文句が無かろうという世間の期待に応える利益主義である。日本人であれば、親方の経験した昔の弟子の育成法である程度は通用する。ところが、モンゴル人力士となると、分かり合えたつもりでもづれがある。ついつい、教育が曖昧になっているのだろう。
暴力事件が過去にもあり、大相撲は再建中である。日馬富士は酒癖が悪く、過去にも暴れたこともあったという話も出てきている。それを何故、親方は見逃していたかである。強いから何も言えなかったのだろう。強いだけではだめだと親方も思っていないのだろう。朝青竜の時と何も変わっていない。さらに悪くなっている。負けて潔くの先にある心の世界。槍の弾正、逃げ弾正と言われた百姓出身でありながら城主までなった人がいる。甲陽軍鑑に書かれた武士の生き方がある。命がけの侍も逃げて逃げて最後まで戦わない。明治帝国主義日本が結局のところ無謀な戦争に進んだことと同じことが、今の日本社会にまた蔓延して来ている。強いものは何もしても結局のところ勝ちであるという意識。この歪みが、モンゴル力士を強くて優しいお相撲さんに育てられない結果なのだろう。