消滅集落と移民労働者
---記録されなかった「ムラの記録」---は西表島の消滅した部落、稲葉集落の聞き書きである。住んでいた人たちの暮らしの記録がある。一軒で田んぼを2町歩もやっていて、ユイマールで手植の田植えをしていた。西表の島の内部に人が住んでいたという事自体がすごいことだ。稲葉の暮らしはごく普通に日本全国の山村の暮らしの一つである。田んぼを作り、自給自足的に暮らしていた。電気のない集落も珍しい訳ではなかった。歩いて6キロ小学校に通ったと言えば驚くが、これも珍しいことではなかった。稲葉集落では子供たちは多いいときには21人いたそうだ。分校があってもおかしくない人数である。ある意味豊かな集落稲葉がなぜ消えたかは考えてしまう。日本では毎日1つの集落が消えて行っている計算になるそうだ。その消える集落の人以外には、知られないことである。是非ともムラの記録を残してほしいものだ。
日本人は日本の暮らしをしている人たちのことだ。日本の暮らしはいまや消滅しかけている。稲葉集落での子供時代は豊かで楽しく暮らしだったと、話されていた。その言葉は思い出だから昔はよかっただけではないと思えた。日本で今失われつつある、日本人の暮らしの豊かさを考えなければならない。田植えをユイマールでやる暮らしである。田植え機械のない時代の当たり前の村の暮らしである。そんな暮らしに戻ることは出来ない事であるが、近い将来日本から、山間部の暮らしが無くなり、日本の暮らしが失われるだろう。その時、日本人がどこを目指すのかである。自給的な暮らしが消える。新しい時代の日本人はどのように形成されるのだろうか。アベ政権は瑞穂の国、美しい日本を外国人労働者によって維持しようという事である。日本ではなくなるという事だと早く気付くべきだ。もう一度の美しい国日本とは何かを考えてみなければならない。
日本政府が移民を奨励した時代がある。日本の農村から海外に日本人を棄民した時代である。哀れな政策である。哀れではあるが、明治政府の富国強兵の一つの道の選択であった。農村では人口爆発が起こり、それまでの耕地面積では増えてゆく人口を支えきれなくなった。しかし、帝国主義というものは残酷なもので、その後産めよ増やせよと標語まで掲げて日本が先進国になることに、すべてをかけたのだ。その結果が第2次世界大戦の敗北である。戦に敗れて72年が経過して、今度は、大企業の競争に日本をかけよう、女性の活用、産めよ増やせよ、それができないなら、移民労働者を受け入れよう。世界企業を信頼して良いものだろうか。富裕層は脱税の為にタックスヘブンとやらにお金を移しているらしい。アベ氏は大企業というものが日本を裏切らないものだと考えているらしいが、実はアベ氏という存在は大企業に操作されているとしか考えられないような、綜合体である。
第3の矢を放つことは出来なかった。金融政策や、為替政策で、その場しのぎをしてきたが、新しい産業の創出ができない以上、日本が国際競争に勝つようなことはありえない。その理由は日本人の独自性がすでに失われかけている。新しい産業を生み出せる、手入れの思想で磨かれた労働力、工夫と発意で暮らしを作り上げた地域力。日本人の暮らしが無くなったのだから、当然のことである。日本人の暮らしをもう一度考えてみるのか。いまさらそれができないのであれば、どのような日本を目指すのか。暮らしの時点からの人間教育を考えなければならない。世界は変わろうとしている。高度成長期の成功体験を、いつまでも夢よもう一度と追っているのでは、日本はますます困難な、危うい道を進むことになる。私は日本人の暮らしをもう一度考えてみるべきと思うが、別にそうでなくてもいい。人間をどう作るかを本気で考えてみることだ。小学校の英語教育などがいかにくだらないかが分からなければ始まらない。