安藤忠雄氏の「私も聞きたい。」

   

国立競技場の建設費が、莫大な額になるようだ。施設の奇抜さで、日本の自慢したいということが、背景にあるようで悲しくなる。だいたいにオリンピックの経済効果ということが、こういうことになるのだと思う。オリンピック施設を作ると言えば、でたらめな出費でも結構認められてしまうだろうという、思惑があるのではないか。安藤忠雄氏(73)が16日に会見。デザイン選定後にコストが増大した過程では、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)から一切説明がなかったと主張している。公共事業というものは、訳のわからない形で、何でも倍額になると聞いたことがある。欠ノ上で田んぼの再生を「元気回復事業」という公共事業で行ったのだが、時間もコストも、倍額以上にかかった。公共事業というのは、どうも建設するものの価値というより、仕事を提供する価値というところにかなりの主眼が置かれる。だいたい、前の国立競技上で沢山だと思うが、今日本がそんな無駄使いをする余裕がある訳がない。それを復興予算に回すことのほうが、よほど日本のためになる。

東京都が新都庁を作る時も丹下事務所に、怪しいお金が流れたというので、逮捕者まで出た。私の知り合いがその一人だったので、名前が新聞にあったのでよく覚えている。小田原の市民会館問題を思い出す。曲面の壁の絵画の展示室が設計されていた。平らの絵をどうやって飾るのか不思議な展示室だった。設計した方に、過去に曲面の壁の絵画展示室というのは、あるのですかと質問したら、他には知らないと嘯いていた。飾る絵のことより、自分の作る建造物の面白さにとらわれている。大切なのは競技場を使う選手と観客である。選定委員会には、現役競技者の代表はいたのだろうか。器を立派にするということや、メダルを増やそうということは、もう乗り越えるべきことだ。国立競技場を、しっかりと補強すればそれでよかった。立て直しになった理由は、森氏など議員連盟の圧力である。日本のおもてなしは、箱モノの立派さではなく人間の心の問題である。人口の減る時代に、巨大化する発想がおかしい。小田原の競技場を考えると、252億円のものを全国に10作ったほうが競技者にも、観客にもいいはずである。

安藤忠雄氏が1300億円と思っていた。2520億円になると聞いてびっくりした。と会見で述べた。安藤氏は日本が誇る最高の設計家だ。この人を審査委員長にするなら、費用のわかる人を補佐につけるのが常識だろう。安藤氏が審査した時点と比べて倍額になったわけだ。安藤氏自身は自分は建築デザイナーで、こんな巨大な建築の建設費については、経験もないし分からないということだ。当然だ。丹下事務所なら、デザインと建設費の関係もある程度は理解できただろう。設計家は自分の創作意欲に基づき、勝手な絵を描くものだ。それを現実に添わせるために調整する人がいなければ実際の建築物はできない。安藤氏は芸術家である。理想を求める奇抜な設計を好むデザイナーと、現実から飛躍する発想の安藤氏が、重なり合って、途方もない価格の世界に類を見ない巨額な競技場が作られようとしているのだ。そんな費用はどこにもないのが今の日本の現実。

白紙撤回をしたのは、ずるずるしていて、最悪の事態にならなかっただけましではある。安倍氏はそれを手柄顔をして発表する前に、国民に謝罪するのが先であろう。監督責任は最終的には総理大臣にある。国民の批判が大きくなる前には、もう今からでは見直しは間に合わないと国会答弁していたのを忘れたのだろうか。サッカーのワールドカップは他の会場でやるべきだという質問には、国立でやると答弁していた。1週間で国会答弁を覆す総理大臣の発言の責任を、問うべきだだろう。そして、心機一転し良いオリンピックにするためには、組織委員長たる森氏を辞任させることである。このままでは森氏はまたろくでもない発言をして、オリンピックに迷惑をかけるに違いない。

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