戦争と自殺

   

政府は6月5日、アフガン戦争とイラク戦争に関連し、派遣された自衛隊員のうち、56人が在職中に自殺したと発表した。両戦争に派遣された隊員の総数は、延べ約2万2560人。単純計算で418人に1人の割合で自ら命を絶っており、激務から自殺者が多いとされる自衛官全体(13年度)と比べても約7・1倍、国民平均(14年内閣府統計)の実に約11・9倍という高確率である。

戦争は人間の精神を破壊する。他人を圧迫するというだけで、自らも影響を受けるものだ。自らの精神を傷付けることになる。戦争は嫌いだが、軍隊というものがさらに嫌いだ。人間という生き物は自由な、解放された生き方をしたほうがいい。自衛隊の中東での任務も、想像以上に過酷なものであったのだろう。アメリカでは戦争帰還者が精神を病む事例が極端に多く、特にベトナム戦争以降社会問題になってきた。どれほど正義の為の戦いだと国が強調しても、人を殺す体験が自らの精神を破壊して行くことは当然のことである。しかも、戦争というものは何かを解決できると言うような明確な自己目的が作れないものだ。解決できると信じて戦争に突入するのだが、問題はさらに悪化して中途半端に終わるものだ。日本は大東亜共栄圏という大義を掲げて戦争をした。しかし、今になれば、正義と思いこんでいた物が、実に危ういものである事が分かる。

中国が今の時代に、東アジアで昔の日本と似た様な主張をしながら、軍事力の増強を行っている。日本もそれに対抗する手段として、アメリカとの軍事同盟を強化すると言う事になる。誰が勝とうが負けようが、人間のやる事は愚かな競争の繰り返しである。国家間の競争という目標から、自分の国の中での自己新に目標を変える。他者と、あるいは他所の国と競争するのではなく、自らを高めるために努力することだ。それが人間の精神を深め高め、強靭にする事になる。自殺は減少する。暴力をふるうと言う事は、自分の人間性を否定することになる。人間としての感性を閉じなければ、暴力など振るう事はできない。しかも、国家の正義というものが、自己目的には出来ない矛盾に満ちた戦争であれば、さらにその精神のゆがみは深刻な事になる。原爆を投下した事は、アメリカ兵の犠牲を減らした事になり、正しい選択であったと多くのアメリカ人は主張する。しかし、その正義のアメリカが、原爆投下を心の負担にもしている。

現在の、一般の自衛隊員自体が激務の為、自殺者が多く一般の人の7,1倍という数字と書かれている。これは内部の空気が悪いという事が主たる原因だと思う。上下関係になじめない人間がいると考えたほうがいい。私にはとうてい無理だ。激務といっても肉体訓練を過酷に行うプロスポーツ選手に自殺者はそれ程要るとは思えない。軍隊的階級性とか、思想の自由度とか、国民からの認証度とか、むしろ差別とか、様々な問題があるのだと思う。加えて良く分からない、アメリカの戦争に加担することになるのだ。結果的に見れば何一つ解決するどころか、問題は悪化して跳ね返っている現状がある。何故、命懸けでこんな戦争に加担したのかと悩んで当然ではないだろうか。

平成26年度の自衛官の自殺者数が66人となり。最も多かった16年度の94人からは28人減少した。自衛隊の社会的な評価が上がったことが大きいのだろう。東日本大震災での自衛隊の活躍が、素晴らしいものだった。災害救助にがんばってくれている自衛隊員の姿は、感謝するばかりであった。自衛隊は、災害救助隊に変えるべきなのだ。災害救助の傍ら、国防的役割も担うぐらいが、日本らしい国防の枠組みである。当然海外の戦争に行くようなことはしない。海外の災害救助にはどこの国よりも、いち早く、大人数で、十分な装備を持って、駆けつける。これを日本の積極的平和主義と名づける。未来志向の総理大臣談話では是非ともそういう前向きなものを示してもらいたい。同時に、靖国神社から、国立戦没者霊園の設置も、未来志向の談話に盛り込んでもらいたい。未来志向とはそういうことだろう。

 - Peace Cafe