9年経ったブログ

   

このブログを始めて、9年がたった。毎日欠かさず書くと決めて、9年続けた。良く続いたと思う。9年と思い立ったのは、面壁9年である。禅宗の始祖として仰がれる達座(だるま)大師はインドから来て、中国の帝に面会するが、くだらない人物だと即座に見切って『面壁九年』江を下って少林寺の穴の中に9年座っていた。それで7転び8起きの足の無い達磨さんになった。9年間続けている間は平和憲法が変えられる事は無いという願掛けである。願掛けだからその事は一度も書いた事はなかったが、確かに9年間憲法が変えられなかったという願いはかなった。その前には2年間peace cafeeと言う月一の通信を出していた。2年続けて、今後はブログで継続しようと約束した。紙媒体の限界を感じたからだ。ブログを書き続けて、何か具体的な結果が得られると考えたわけでもない。ただ切実な願いである。祈りである。願掛けである。神頼みである。

ピースカフェーを始めて11年になる。この間安倍氏と言うヌエが表れた。危機である。9年で止められなくなっている。しかし、安倍氏は日本の保守勢力の最後の叫びの様なものだ。ここさえ乗り越えれば、後は大したことはないと信じたい。どの道お互い年寄りの戦いである。若い人たちが自由に新しい日本を考えてもらう、材料を提供出来れば充分である。私の材料の提供は「地場・旬・自給」である。どうすれば、崩れて行く社会の中で、つまり世間というものがかなわず、江を下っても、生きて行けるかの暮らしの提案である。7転び8起きである。軟着陸地点の提示である。

「地場」とは、地域主義と言う事、いわば藩の復活である。暮らしから見える範囲で、まとまりをもつこと。大きな国家と言う枠組みで考えると観念的な事になる。普通の人間の、日々の暮らしから生まれる地域の感覚を大切にした。グローバリゼーションが大きな流れであるが、自分の暮らしの実感を失わない範囲で、意思決定できることが重要。酒匂川をとり囲む、足柄平野とその周辺部位の規模が、お互いの人間の感じられる範囲だろう。

「旬」とは、化石燃料を出来る限り使わない、自然に順応する暮らしである。自然に対立するのではなく、寒ければ寒い事を味わい。暑ければ汗を流し、命ある物の自然の営みに戻ることである。そこから人間の旬が表れる。生の人間の暮らしが最高の状態が作りだせる。20歳には20歳の旬があり。80歳には80歳の旬が出てくる。原子力の様なものは人間の旬を失わせる。                  

「自給」とは、自立である。自分の命を自分で作りだすという実感である。ここに立ち戻れば、なんとでもなるという安心立命である。一日、1時間、100坪の土地。これが自給の姿である。自給は孤立ではなく、共同である。共に支え合う事を知ることでもある。自給は新しい連帯への道である。一人でやれば、2時間の自給が、仲間と支え合えば、1時間の自給になる。

この後このブログがどうなるのか、やめるのか。何も決めていない。ただ9年前以上に憲法改定派は勝負をかけている。ここが勝負どころのようだ。憲法に問題が全くないとはおもわないが、憲法は100年はやってみる。これが現状の最善策だろう。すでに解釈の変更で平和憲法はなばかりとも言える。しかしこれでも維持する価値は大きい。70年直接の戦争を避けられた。これからもそうした岐路があるにちがいない。特に中国のこれからは日本の未来に大きな影響を与えることだろう。中国が自壊するにしても、又、巨大化するにしても、日米同盟がこのまま維持できるとは思えない。その時にはこの不思議な憲法がいかされるはずだ。100才まで生きていれば、その結果を確認できるだろう。終わりは決めずにブログはやれる間は、やる。

               

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