楽しい最小限の自給生活
東伊豆 中盤全紙 岬のドンずまりの所にある舟の工場である。こんな形で家を描く事はめったにない。この時は家の戸向こう側の山の関係に惹きつけられていた。
「本来無一物。何れの処にか塵埃を惹かん。」南宋禅と呼ばれる慧能は、曹洞宗につながる人。その人の言葉である。自給生活というのはそういう事だと思っている。これからの自給生活はこうありたいと持っている。フランスにいた頃、狭いアパートの中で、モヤシ作りをしていた。絵を描くこと以外にやることもなく朝から、晩まで、絵を描いていた。良くもあんなに絵を描きたかったものだと思う。たぶん、一種の病気状態だったのだろう。失語状態だった。相当危うい生活だったと思う。その中で、モヤシを作ることをしていた。タッパーに黒い絵の具を塗って、なかに脱脂綿を敷く。少し湿らせて、モヤシの種を播く。小さな豆の種だった。そのモヤシセットは日本に帰る誰かにもらったのだと思うのだが、覚えていない。見る見る伸びてくる。これを繰り返して食べていたのだ。自分が生きているということを知るのは、モヤシの伸びる姿ぐらいだった。モヤシが音を立てて伸びてくるような絵を描いていた。それが救いだったとは思わないが、何か生命につなっているという感覚はあった。あの2ミリくらいの種は何の種だったのだろう。たぶんアルファルファーの種だったのではないか。
カイワレ大根モヤシのように窓辺に置くと言うようなものではなく。暗い箱の中で、もしゃもしゃ伸びた。伸びたならば窓のそばに置くと一日で緑に成った。栄養不足を補うという感覚はあった。金沢にいた頃も自炊をしていたのだが、やはり、モヤシは良く食べた。一番安かったからだ。まだあの頃はモヤシを育てると言うことにまでは頭が回らなかった。10円でそこそこのビニール袋入りがあった。モヤシだけを学校の帰りに10円を出して買う。そして、家にある卵といためる。後はご飯を炊く。お米はいつも買ってあった。お米を作っている友人から、分けてもらった。モヤシは最小生活の材料である。自給生活の第一歩である。そしてお米はどのような暮らしでも基本である。フランスに居た時も、安いお米で暮らしていた。お米は安い。保存がきく。一食分買ったとしても20円くらいである。モヤシと、卵と、ご飯で、50円で何とかなる。それを自分で作れば、1食30円で収まるだろう。
自給生活は工夫が面白い。そんなテレビ番組があるくらいだ。貧乏暮しを中々いいと思って暮らしていた。今は畑があるから、さして苦労せず食べるものは、いつでもある。今なら、夏蒔いた、葉物や大根が草に負けずに、生育している。サトイモやサツマイモは、草なぞ平気である。ほったらかしだから良く出来ている。完全に食の自給をしても、一日1時間年365時間働けば、食べるものはできる。これは私が25年間自給をしてきた結論である。ただし、共同と言うことが重要である。自分ひとりで孤立してやれる人もあるのだろうが、共同してやれば、楽しくさらに楽にできる。田んぼに関しては、一人が30坪60キロになります。麦は10坪で10キロ 大豆は10坪で10キロ但し、裏表になるので、併せて10坪です。お茶は5月の一番茶で10坪で実際には12メートルほどの畝となります。1.2キロのお茶が出来ます。夏には同じ10坪程度でやはり1,2キロの紅茶が出来ます。野菜は30坪で一人分の自給畑になります。この中に3坪のハウスがあるといいです。果樹は柿、枇杷、みかん、プラム、栗の5本でと鶏の緑餌で20坪ここに鶏小屋がある事になります。
以下おおよその時間
お米に必要な時間は年間150時間。棚田で水回りの難しい所だと、このくらいの時間に成る。その他麦、大豆は必要として、併せて50時間ぐらいか。お茶が20時間。野菜が全体で100時間あれば十分できる。タマネギ、ジャガイモ、は併せて20時間。味噌醤油に20時間。果樹と鶏で20時間と言うことになります。際毎日5年間記録してみて、そこまではかかっていません。365日で割ってみるとおおよそ、1日1時間という事になります。
条件によって必要時間は大きく変わる。楽しんでやれば、一日1時間という農作業は気分転換ぐらいだ。毎週末農作業をやるということなら、勤めていても十分にできる。しかし、こういうことが負担なく出来る為には、技術力である。充分の技術を背景にした観察力が必要である。そして実践力。口先だけでは自給はできない。これがいい所だ。草取りでも良いタイミングでやれば、半分の時間で可能だ。不要な草取りをしていて、時間を費やすぐらいなら、今何が必要なのかの洞察力である。これが自給作業の一番楽しい所だ。例えば、今の時期キャベツは草に埋もれながら生育している。その方が、虫にやられない。手間をかけて草をとって、すっかり虫に食べられるということが一番ばかばかしい。今になって万願寺シシトウが豊作である。甘くてとても美味しい。初夏にはカメムシにやられて弱っていた株が、今再生している。あの時見捨てなくて本当に良かった。