文化の小学生化

   

鳥海山 1号 小川和紙 海越しの鳥海山である。鳥海山は海からそのまま伸びあがったような山だ。

テレビを見ていると、これは小学生を対象に作っているのだなと思うことがある。特にバライティー番組というのか、人を笑わせる対象としているのが小学生に違いないと感じる。たぶん、吉本のお笑い学校などではそういうつもりで笑いを指導しているのではないだろうか。それを情けないとか、くだらないとかいうのではなく、そういう文化の状態に日本があるということを確認する。江戸時代文化を伺わせる、笑いの姿は落語に残っている。落語では同じ話を何度も聞いて、笑って楽しむ。ネタではなく、笑いの話芸として楽しんでいる。この話をどう演じるかで笑って楽しんでいたのだ。こういうことが成立したのは、笑う側が成熟していてというか、ある意味ひねくれた専門化していて、誰もが楽しめないが、通になれば楽しめるというような、訓練を必要として文化なのだろう。観客の方も、見ることの通になるために、訓練努力を必要としていた。通をおちょくる、酢だまごのような話にその痕跡がある。

何度聞いても味わえる。いやそれ以上にだんだんその芸の奥行きを感じられるようになる。それが江戸時代の求めた文化なのだと思う。江戸時代のように暮らしが変わらない。つつましく、一定に暮らしてゆくほかないとなれば、金魚を楽しむとすれば、とことん金魚の通になることが求められる。ランチュウの頭のこぶの盛り上がり方に、何十通りの名前を付けそれを楽しむなど、極めてわかりがたい通の世界である。寒蘭等の趣味に一生をかけてしまう人がいた訳だ。又それを語り草にして、どこか羨望を込めて語り伝えていた。江戸時代の絵画もそういう傾向がある。絵に対しての文化的素養がなければ、絵を味わうこともできない。絵というものは現実を写すものというより、絵という現実にはない世界を作り出すものであった。富岳百景は富士山を100通りに描くと言うアイデアであり、富士山そのものというより、作者の絵を描く技の方が見せ場である。

現代の文化は、通り過ぎる文化だ。残して何度も味わうというようなものでは、飽きられてしまう。飽きられない為には、常に新鮮でなければならないから、面白さを長続きするために身を削ることになる。つまり消耗品としての芸人の位置である。タモリという人は現代のお笑いを体得したような人だった。先ず、笑いのプロの間で仲間受けする。深夜番組的なアナーキーな存在として人気を集め、お昼の時間に居座ってしまい、何十年も番組を続けていた。それは芸でないただタモリという人間の反応だけを見せていた。どうでもいいものであるからこそ、どうでもいいものでなくなった。しかし、タモリを芸として見ることはできない。タモリはそこらにいくらでもいる、面白いやつを、テレビの中でやって見せたのだ。クラスの中の、お笑い担当である。記憶には残るが、芸としての完成というものはない。タモリのDVDを何度でも見て楽しもう、という気にはならない。しかし、あのときああ言ったという一言が記憶に残っていたりする。

現代の商品絵画は小学生向きだ。難しいことは避けている。見たとおり描く。つまり、描くものは自分の見た、誰もが見ているように描く。過去にあった絵のように描く、なるたけ一般的に特殊ではな世界、誰もが絵であるという絵を描く。これは小学生でもわかる絵ということだ。小学生は正直である。まっすぐ思いのままが、いい小学生である。ピカソの絵を分らないと言っても、すこしも恥ずかしくない。むしろいい子供に成れる。大人は分ったふりをする必要が、かつてはあった。分ったふりから、だんだん奥深い通の、粋の世界へ入り込んでゆく。こうしたレベルの只者ではない大衆というものが育てられて、始めて複雑な大人大衆文化というものは生まれる。ついでに言えば、安土桃山以前の文化は一部の人たちの為の文化だ。貴族であり、宗教であり、武士が育てたパトロンのいる文化。所が江戸時代には、レベルの高い大衆というものが作り上げた、市井の人達が育てた大人の文化があった。

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