サーポートセンター
桃の里の5月の幟 鯉のぼりはなかなか良いものだ。いつまでも続いてほしい風習である。私はたててもらえなかったが、別にひがむことはなかった。
市民活動サポートセンターに一度も行ったことがない市民代表で反対いたします。サポセン祭りをみても市民活動といってもサークルのように活動している方々が多いと思います。新規施設を税金で建て利用料は値上げしない、なんてありえません。市民の見方の共産党さん、不公平をなくして下さい。
このような意見が、ある共産党の議員のブログのコメントに出ていた。あまりに面白い意見なので、考えてみた。一度も行ったこともない市民としての意見という立ち位置が面白い。私は私立病院には、患者として見てもらったことはない。しかし、市立病院を利用するつもりはないからと言って、税金が私立病院に使われることには賛成である。私はごみはほとんど出さない。ごみは出さないが、ごみ処理費が税金で賄われることには当然だと考えている。下水道は利用できない所に住んでいる。利用したいとも思わない。多額の税金が下水道に消えてゆく。腹は立つが、やはり必要だと思う。自分にとって市の予算の使い方に対して、意見を持つことは大切ではある。それは、税金をまったく納めない市民であっても同じなのではないだろうか。小田原の市民であるという立場であれば、生活保護を受けている人間であっても、高額納税者であってもその意見に軽重はない。民主主義とはそういう考え方で、成り立つものだと思う。
「税金を使うのだから、利用者には受益者負担が当然である。」という考え方の是非である。受益者負担の考え方は、小泉政権の時に持ち出されたものであった。恩恵を受けるものが、それにふさわしい負担をすべきだという考え方だろう。千歳市の広報に公共施設の使用料の見直しについてとても整理されたものが出ていた。市の行っている事業を4つに分類し、その分類によって、例えばサポートセンターのようなものは、100%受益者負担の3分類に入れている。やり方としては、まず原価の算出をする。人件費・運営に必要な経費・維持補修費・減価償却費と分けて考える。その上で、受益者が負担額を算出するという考えで、利用料の算出をしている。市立体育館は2分類で、50%負担ということになる。保育所は4分類で受益者の50%負担ということになっている。公園の場合は100%と市の負担ということになる。斎場は誰でも使うが、市立墓苑は使う人は一部の人である。こういう受益者の負担比率の考え方を洗い直す必要があるということだ。スポーツセンターは50%の負担で、サポートセンターは100%の負担。整合性はないと思う。
公共施設にも、受益者負担の割合があるという考え方だ。確かにこの考え方は一定の経済の合理性はある。しかし、ここでは下水道は出ていないが同じような、受益者負担の考えでいえば、どの分類に入るのだろう。公共性とはどこにあるのか。例えば、小田原市の水路が十分に管理されていない。その水路を利用する農家は、小田原市のものである水路の修繕費まで負担すべきなのかどうか。たぶん受益者負担を正確に行うには、先ず分類訳の合理性がどのように担保されるかである。これは事業仕訳の時に何度も議論されたが、結局何も変わらなかったことである。小田原の公共施設でいえば、利用者の極めて少ない施設に、塔ノ峰青少年の家というものがある。宿舎については、平成25年3月末で利用を中止すると表示されていた。宿泊を止めたとしても、かかる経費は同様である。受益者負担を進めてゆけば、赤字の施設についていえば、閉鎖しなければならなくなるだろう。ヒルトンに転売した宿泊施設についても同様である。公共施設事業の公益性の見直しを行うべきということになる。
こうして受益者負担の考えを徹底して行けば、市の行う事業の中で、赤字になるものが続出するだろう。逆にいえば、利益が出るものであれば、民間がすでにやっている。問題になっている離島の病院経営の話に似ている。今度サポートセンターが駅のそばに移動することになったようだ。駅前お城通り再開発事業のビルのなかで、サポートセンターがどのような立場に立つのかである。駐車料金を払って利用するのであれば、利用者の範囲は変わってくるのだろう。さらに商業施設との兼ね合いということも出てくるのだろう。減価の算出に際して、地代というものも考える必要があるのだろう。駅のそばなら利用料は高くなる。では現在問題になっている駅前の元地下街の施設は、こういう考えで見た場合、市の施設として経営ができいない場合は誰が責任を取ることになるのだろう。