経済の異変
ここまで来たら、世界経済に何か大きな転換が訪れているだろうことは、誰にも見えるようになる。その結果が、株価の暴落に表れている。世界経済は迷走飛行に入っている。これはこのブログを始める、前からの私の判断。ここでも繰り返し書いてきている。つまり不時着地点を示すことが、このブログの役割と考えている。何時だって、その気になれば戻る所はある。この安心な気持ちを伝えたい。大きく言えば拝金主義の末路。お金だけを全てに優先してゆく社会がそう上手く行くわけがない。では、個々にどう対処したらいいか。このことを書いておきたい。と言っても、一般的なことでは、広すぎて見えにくいので、私はどうするかを考えてみたい。念を押すようなことだが、今起きている経済異変は世界が多極化してゆく始まりである。アメリカだけでない社会。もしかすると、崩壊への道かもしれない、大変な状況だと思う。今後日本は困難が増してゆく。日本の実経済に見合ったところに、戻ると考えればいい。資源のない日本。技術力で競うと言うのも危うい教育状況。
先ず食料の安定的確保だ。食べる物さえあれば一応は安心。食べる物があるというのは、買わないでも確保できる状態。自分で作ろうと思えば作れる状態。こんなことから書くと、スパーには食品は幾らでもある、と感じる人も多いいだろうが、40%しか自国で生産していない状態と言うのは、何時食糧が消えても不思議がない背景がある。バナナが少し多めに消費されれば、スーパーで見かけない。どの輸入食品も同じような状況にある。今の状態こそ、綱渡り的瀬戸際の食糧需給関係。基本はWHOの問題。工業優先での関税撤廃を日本の利益として、食糧を犠牲にしてきた。それは世界中がそうで、食糧から有利な生産物に乗り換えている。その経済が破綻を始めれば、食糧の安定的確保は困難。理屈はともかく、自分の食べる物だけは確保した方がいい。その為には100坪の土地が必要。農業の出来る土地を100坪確保する。私は行った。
土地は借りているのではダメ。食べる物に困るのだから、地主さんが使い始める可能性がある。。農地を購入する。農地は今坪1万円くらいである。このご時勢で、さらに値下がりしている。100坪なら、100万円以下であるかもしれない。保険に入るよりよほどの安心がある。都会生活はリスクが高いのだから、どこか地方に100坪確保しておく。農地が法で面倒なら、農業の出来る地形なら山林でもかまわない。土壌を農業がいつでもはじめられるように整えておく。農業技術は一日で習得できるものでもないので、トマト一鉢でもいいから、家で育てて技術を磨く。バケツ稲をやるのもいい。そして肝心なことは、拝金主義に変わるべき、自分の価値観を形成する。何が大切か。私なら、もう少し絵を描きたい。自分の絵を探って見たい。ともかく気持ちを鍛えておく。少々の事ではへこたれない精神。安倍さん、福田さんでは乗り切れない。
拝金主義に変わる、価値観の形成。これはそれぞれのものだが、行動から得るしかないと思っている。私なら、絵を描いていて、見つかる物ではない。少しでも本当に生きて、その実感を掴むことが出来ること。まぁーそこが難しいことだけど。食べ物は人を真剣にする。それが絵になる内容であろう、と思っている。生れてきて自分の生きた姿の核心だけは確認して去りたい。この辺の事は一人ひとり違うであろう。あれこれ主張する事ではない。お金に換わる安心の中心を見つける事。正直に言って、少しもそんなことはできていないのだけれど、自然とかかわりを深くしてゆくと、何かそこに、生命の摂理のような、人間もその一部であると言うような確信が見える、気がする。その自然にゆだねて一日を送ることは、実に安心な気持ちなのだ。結局変な緊急経済対策だが、明日に続ける。