コロナ感染の終息の決め方は難しい。

   



 トックリヤシの花が咲いている。数珠玉のような実になる。幻想的な雰囲気あり、魅入られるときがある。

 コロナウイルスの流行はどうやって終わるのかと言えば、感染が広がり集団の60%程度の人に抗体ができたときに感染が収まるという形だろう。例えば石垣島のように感染が広がらないでいる場合の収束はまた違う。ここが難しいことになるだろう。
 自粛による経済の限界と、感染の不安とのせめぎ合いになる。どこかである程度感染しても受け止める医療体制が出来たときが、経済再開なのではないだろうか。死者がある程度出るだろうが、経済のためにやむえないということは出来ないのだろう。

 日本の医療は何とか持ちこたえている。死者がそれほど増えずに居ると言うことは奇跡的な医療態勢ではないだろうか。だから、自粛を止めて経済を再開させろと言う主張が出てきているが、まだ無理だ。やっと維持されている医療体制が再度崩壊の危機になる。そうなればたちまち何千人が死亡するはずだ。今の状態は日本人の健康が諸外国に比べて良かったとも言える。国民健康保険が生きたのかもしれない。

 老人人口が世界一多いにもかかわらず死者はまだ少ない。若い人でも基礎疾患が多ければ死者は急増したはずだ。日本人の健康状態は平均的に良かったのだろう。衛生観念が浸透していた。WHOがマスクは無意味だと宣伝しても日本人は従わなかったこともよかった。

 また、アベ政権がなんとも頼りない対応を繰り返しているのに比べて、各地方自治体の長は中々しっかりしていたと思う。余り評価が出来なかった小池氏なのだが、オリンピックの延期が決まった後は良く対応したと思う。

 一番、評価されていいのは日本人全体である。良く自粛でしのいでいる。自粛で乗り切れればそれが一番なのだ。手を洗え、マスクをしろと言ってもそれが出来ない国もある。こういうことは強制ではダメだ。それぞれが正しい行動をとること以外、感染の拡大を防ぐことは出来ない。問題はありながらも良く自粛で耐えている。

 問題は石垣島には抗体のある人が少人数の場合である。たぶん時期が来たら、抗体検査が行われることになる。もし抗体を大半の人が持っていない場合。来島する人々の中に感染者はほぼいないだろうと言うときまで、来島自粛をするのかどうかである。それは台湾の入国禁止が解ける日がいつになるのかと言うことと似ている。

 日本からの台湾入国が認められる頃になり、やっと石垣島でも来島自粛が終わると言うことになるのだろう。これはかなり長い先のことになりそうだ。それは私が小田原に行って、戻ってくると言うことも同様なことになる。

 小田原に行けば、2週間の自宅待機と言うことにしなければだめだろう。2週間人に会わないで絵を描いているというのは今の生活と大きくは変わらないので、不可能ではない。しかし、それを観光客に強いることは出来ない。

 こうなると石垣島の観光の完全な再開と言うことになると、1年以上の先になるのではないだろうか。それでいいのだろうか。今自粛をしている人も夏頃になれば自粛も終わるのではないかと考えているかもしれないが、それが可能なのは集団免疫が出来た場合である。石垣に来る少なくとも日本人の観光客がほぼ集団免疫が出来たという頃に遅れて、石垣は来島自粛解除になるのだろうか。

 たぶんそれまでは待てないというのことになるはずだ。経済の状況から言って、そんなに待ってはいられないだろう。一年待てば、島の経済は取り返すことが出来ないほどの後退になる。ここで対立が起こるだろう。経済をとるか、感染の不安をとるか。これは島で暮らす人の分断が起きかねないことになる。

 観光に経済の依存度の高い人はもう自粛は限界だから来島を求める。直接的には観光と関係のない暮らしの人はまだ、2次感染が広がる可能性があるから、来島自粛という気分になるだろう。日本人は忘れやすいから、案外半年もすると、石垣島の人に抗体がないことを忘れるかもしれない。つまり、行政としては抗体検査はヨシワルシニなる。

 来島自粛を呼びかける市長の様子からすると、市長は恐怖心に支配されているように見えた。すると、観光経済と恐怖で市長自身が判断が付かなくなるのだろう。結局の所、経済を重視して意外に早い段階で、ふあんなまま来島自粛は解除されそうな気がする。

 しかし、ここに起こる対立心と不安はしばらく島の空気になるはずだ。これは非常にまずいことだ。石垣島観光の一番の良さは島の方々の温かさであった。笑い顔である。ところがどうしても、コロナの不安があれば、心よりの笑いというわけにはゆかなくなるのではなかろうか。

 もう一つの道はある。ワクチンができると言うことである。1年で出来れば早いほうだと言うことらしい。中国は必死に作っていることだろう。ドイツは基礎研究が深いと言うから期待ができる。アメリカは一番お金をかけて作っていると言うが余裕がまだないのではないか。中国が結局一番蓄積を持っている。余裕も最初抑え込んで出来た。どこの国でもいいから、早くお願いしたい。日本にはたぶんその力はない。

 1年以上の我慢が出来るだろうか。国には完全に余裕が失われるだろう。ただでさえ負債の大きすぎる国庫である。コロナで負債はさらにさらに上乗せされるだろう。これは、若い人がそのつけを払わされると言うことだ。もし私が若ければ、日本で暮らしたいとしても諦めるかもしれない。そうして労働人口のさらなる減少は起こるに違いない。

 それは経済にはさらに追い打ちをかけることになり、今から20年先には日本はアジアの中堅国の経済規模がやっとの状況になる。若い人が日本で暮らすとすれば、初めから経済とは距離を置いて暮らす道を選択する人になるのかもしれない。

 その引き金をコロナ自粛はひいたと言うことになる。日本は他の国よりも大きな打撃を受けることだろう。それは国庫の負債が余りに大きい国だからだ。石垣島で起こることを拡大して考えれば、日本全体のことが見えてくる。石垣島で暮らすと言うことは日本全体を見渡すのに良い位置である。

 今回、台湾の見事さを思った。中国との緊張の中独自に道を切り開いてきた実力である。韓国の文政権の対応の的確さにも刮目した。いずれの国も科学的な志向が出来るのだ。その政府の指示に従う国民も優れている。

 中国の場合はいくらか違う。政府が行った私権の制限と、武漢住民の切り捨てとも言える強引な手法だ。間違った解決法であるが、独裁国家のひとつの選択肢である。日本の政府はまるで「なんとかなる教」の信仰のようなアベ政権である。神風を待っているばかり、有効な手立ては打てなかった。
 

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