手作業でやる「小さな田んぼのイネ作り」の一年。①
「小さな田んぼでイネ作り」の本を5月30日農文協からだすことになった。私なりに田んぼの結論をまとめたものだ。あしがら農の会で行ってきた、30年間の田んぼを笹村出としてまとめた。小さな田んぼの価値が、これから高まるに違いない。人間が生きるという事の意味を田んぼは教えてくれる。論より証拠である。本にあることが、実践でどうなるかをどなたでも確認できるように「欠ノ上の見える化の田んぼ」にしたい。本に書いたそのままに、実践してみる。場所は小田原市欠ノ上の小さな田んぼである。観音堂の真下にある田んぼなので、どなたにでも真上から見ることができる田んぼだ。小田原駅から諏訪の原行きのバスが30分に1本ある。欠ノ上観音堂で下車したらすぐその下が田んぼである。バスのまどからも見える田んぼだ。目印に農の旗を掲げておく。この田んぼは美しい久野里地里山協議会の田んぼである。この田んぼは私を小田原久野に誘ってくれた小林ナーセリーさんの田んぼである。お借りしたときは、シャクナゲが植えられていた。そこを田んぼに作り直したところから始めた。直してから10年は経過した。
4月28日6時レンゲの花が咲き始めている。もう少しこのままにして置き、種が実るまで耕すのを我慢したい。
面積は286㎡と自給にはちょうど良い田んぼだ。収量の経過は、2013年―165.2キロ 2014年ー167.6キロ 2015年―159.3キロ 2016年ー171.7キロ 2017年ー184.7キロ 2018年 ー169.3キロであった。それより前の記録は田んぼ一枚ごとの記録はない。周囲の普通の田んぼが8俵程度である中、有機農業で畝取りを続けている。この田んぼで、171.6キロ採れると畝取りになる。その理由は有機農業技術にある。有機農業は植物にとっては最善の栽培だ。欠点は手間暇がかかることになる。この手間暇をどれほど減らせるか確立した技術がある。かかる時間をこのブログで記録してゆくつもりだ。
苗床の様子。トンネルの中は10度ぐらいだった。下がるのは構わないが、昼間どのくらい上がるのか。
種が蒔かれ、燻炭を播き、その上からソバカスぼかし肥料を播いた。
小さな自給の田んぼをやってみたいという人には、必ず参考になる実践だと思う。小さな手作業の田んぼは技術の集積のようなものだ。技術がないと、倍の労力を掛けて、半分の収量になってしまう。草を抑える方法などは、田んぼごとに違う。どなたでも参加してもらいたい。ぜひ、「小さな田んぼのイネ作り」を購入してもらいたい。これはコマーシャルである。やりたい人には田植えも稲刈りも参加してもらえる。もちろん見学は自由にしてもらいたい。勝手に見ていただいて構わない。一シーズン通して参加したいという人には作業の連絡も行う。私も年齢的にあと何回田んぼができるかわからない。これが最後の田んぼ仕事だと思っている。自然養鶏も止めてから、今でも教えてほしいという方から連絡がある。残念な思いだ。田んぼの技術を伝えられるのも、あと何年であろうか。
畦には白クローバーがあり、田んぼはレンゲがある状態を目指している。
〇田んぼの様子や作業はこのブログにできるだけあげてゆく。
〇方針としては、「小さな田んぼ」に書いたとおりに行う。
〇苗は5,5葉期の分ケツしたものを1本植えにする。
〇すべての作業に機械をできるだけ使わない。
〇手作業だけでどこまできるかを、確認する田んぼとする。
〇水が難しい田んぼであるが、できるだけ深水にする。
今現在の様子はレンゲ緑肥が茂っている。周りの畦には白クローバーである。
2019年の作業の経過。
2月 3日 溝掘り、畦直し。10番はしなかった。
3月24日 もみ洗い。 久野川上流に種籾を浸種しておいた。これはお願いした。(1時間)
4月21日 苗所作り。これもお願いした。(2時間)
4月27日 種籾播種 苗床は同じ欠ノ上の3番田んぼ。2時間
緑肥の状態によっては、ボカシ肥料をまく。
カッコつきの時間は全体の作業時間想像して10分の一にして、一応表示した。一人でやればどうなのだろうか。
この後の予定
5月25日26日 畦直し 荒起こし
5月31日 代掻き 畦塗り
6月 1日2日 線引き、田植え
6月8日 転がし。