石垣自衛隊基地住民投票
石垣では11月末までの期日で、住民投票請求の署名が集められていた。14844名の署名が集まったそうだ。人口5万人の石垣市で行われた署名としては相当に大きな数ではないだろうか。有権者38740名である。38%の人が署名したことになる。相当に関心が高いという事がわかる。署名行動は、名前を住所を公表して行う行為である。前回の署名活動では、名前をチェックを行うと市長は主張して、署名をためらわせようとした。かなりおかしな主張だと思うが、その前提でも署名をした人がこれだけいたのだ。住民投票における無記名を考えれば、この数はさらに大きくなるだろう。しかし、まだ次の段階がある。中山義隆市長は「安全保障や国防の問題を住民投票で問うのはそぐわない」との考えを示しているが、法例に基づく手続きを経た直接請求であれば条例案を議会に提出する意向を明らかにしており、今後は議会の対応が焦点となる。(八重山毎日新聞)
議会では、自衛隊誘致の議員が多数派の与党である。しかしそれでも住民投票はすべきとする議員が2名いる。公明党議員は自衛隊誘致である。こうした状況のなかで議会の判断が最終的にどうなるかは、予断を許さない事であろう。国防の問題だからこそ、議会や住民が判断をしなければならない。国防は命にかかわる問題である。当事者たる住民の意志は関係ないといする中山市長は間違っている。少なくとも地域を代表する人間が、こうした発言を行ってはならない。これでは政府の提灯持ちであろう。ミサイル基地が出来れば、そこを狙う爆撃が行われ、むしろ危険になると考える人もいる。自分の命にかかわる問題に対して、何故意見も言えないというのであろうか。これほどおかしな考えはない。国は正しいのだから従えばいいというのであれば、地方自治は成立しない。沖縄は防人に成れ。沖縄が捨て石になればいいという、アベ政権の沖縄差別を黙って受け入れろという事ではないか。植民地で差別を直接行う人は、現地人である。
中山市長は沖縄県が辺野古米軍基地の住民投票を2月24日に行う事になったことに対しても、石垣市としては協力しないと表明した、3人の市長の一人である。何故、これほどアベ政権を忖度するのであろうか。何か理由があると見ている。株で大損したというから、何かこの辺に理由が隠されていないだろうか。住民の意思は何よりも重いものだ。それが民主主義というものだ。国防も民主主義だからこそ堅固なものになる。国民自らが国を守るという意思こそ重要である。その為には民主主義によって、国防の是非も決められる必要がある。国が決めたのだから、従えというのでは、明治政府の軍国主義である。これは弱く脆いものだ。人間は押し付けられたのでは、本当の力が発揮できない。アメリカとの戦争で分かったことではなかったのか。当初民主主義国家アメリカは、意見がまとまらないので日本は負けないと考えた。多数決で戦争など出来るかと思っていたのだ。そして日本は敗北した。
2月24日に辺野古基地の住民投票に併せて、石垣の自衛隊誘致問題の住民投票も行えばいいだろう。今からなら十分に間に合う。辺野古米軍基地は仲井眞知事の裏切り行為で工事が承認されたために、今もってこじれて分断が起きているのだ。私は石垣が好きだし、自衛隊などない方がいいと考えている。それの方が安全だとも考えている。しかし、石垣の人たちが、住民投票で自衛隊誘致を決めるのであれば、それは認める。一切その後は自衛隊基地反対とは言わない。きちっとした民主主義のルールこそ重要になる。もし、住民投票をやらないで、曖昧なまま進めるのであれば、できる限りの反対をしたい。それは自衛隊基地だけの問題ではなく、民主主義をないがしろにしているからだ。住民の分断を避けるためにも、正々堂々と結論を出すべきなのだ。このまま曖昧なまま進めば、煮え切らない反対の問題がくすぶり、民主主義を信じられなくなるだろう。