中島みゆきさんの詩に驚いた。
中島みゆきさんの詩を読んで、歌を聞いて感動した。難しいことが詩になっている。的確に唄われている。難しいことは言い切ってしまわなければ、伝えられないという事を教えられた。
『Nobody is Right』 作詞・作曲:中島みゆき
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right Nobody is Right
もしもわたしが全て正しくて とても正しくて周りを見れば
世にある限り全てのものは わたし以外は間違いばかり
もしもあなたが全て正しくて とても正しくて周りを見れば
世にある限り全てのものは あなた以外は間違いばかり
辛いだろうねその一日は 嫌いな人しか出会えない
寒いだろうねその一生は 軽蔑しか抱けない
正しさと正しさとが 相容れないのは一体何故なんだ
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right 正しさは
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right 道具じゃない
悪い人などいないだなんて あいにくですが頷けません
正しい人こそいないんじゃないか 完璧正しいってどういう人だ
争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
その正しさは気分がいいか 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
辛いだろうねその一日は 嫌いな人しか出会えない
寒いだろうねその一生は 軽蔑しか抱けない
正しさと正しさとが 相容れないのは一体何故なんだ
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right 正しさは
Nobody is Right Nobody is Right
Nobody is Right 道具じゃない
「正しさと正しさとが 相容れないのは一体何故なんだ」この言葉に打たれた。そもそも正しいなどと発想すること自体を疑わなくてはならない。正しいなどという客観的な正義などどこにもない。すべてが自分の状況と立場によって、正しくもあり、悪でもある。そこに民主主義というものがうまれるのだろう。自分だけが正しいのであれば独裁である。政治は正義を語る。権力は正義を語る。権力を行使されるものに対して正義を掲げ、人を導こうとする。その正義を疑わなくてはならない。権力の正義をうのみにしてはならない。権力は正義のための戦争さえする。正義のための人殺しさえする。それが、絶対的正義に見えるときこそ、疑いの眼で見抜かねばならない。その正義を裏側から考えてみる必要がある。
と書きながらも同時に、批判するものへも疑問を投げかける。
「その権力に対する正しい批判も怪しいものだぞ。」という返す言葉が突き刺さる。正しいをかざした批判も、気分がいいだけではないのか。気分紛らわしに批判をしているに過ぎないじゃないか。批判の正義に酔って、気分いいだけじゃないのか。まさに私に向っている言葉だ。少しくじけるところがある。反省しなければならないところがある。権力に対する批判は行わなければならないことだと考えているが。その批判が自己満足で終わっているのではないか。正しいと考えたのであれば、もう一度相手の正しさを考えてみなければならない。そして、その批判も民主主義的に答えを求めなければならない。大切な共通価値基準としている憲法に対してさえもだ。
みんなと生きるという事は、なかなか複雑でやっかいなことである。一人で生きるのであれば、自分の正しさだけでいい。正しいことを語るなどという事はそもそあり得ないはずだ。あくまで自分にとって都合の良いことに過ぎない。戦争に反対する者の意志も、戦争を実行する者の意思も、それぞれの思惑と都合に過ぎない。互いの正しさを、どのように折り合わせるか。互いの間違いをどのように折り合わせるか。完璧正しいなっておかしいじゃないの。と互いが思うことからだろう。農業をやってみれば、すべてが妥協である。毎日どう妥協するかである。降るべきでない雨が降り、降ってほしい時には日照りが続く。その中で最善を求めて、妥協的道を探る。良い農業とは妥協の上手い農業のことだろう。間違いが正しいことになることなどしょっちゅうある。正しいと思ったことが正しこともたまにはある。だから、あくまで方角を見る毎日である。
戦争はまずいんじゃない。おおよそこんな方角である。その方角にも、さまざま、実に多様に考えがある。戦争はまずいから先制攻撃するしかないという人もいるくらいだ。自分たちが死ぬのが嫌だということは、相手も死ぬのが嫌だということだろう。いや、死ぬのこそ名誉と考える人もいる。一つにならないで、多様であるということは悪いことではない。それでも、その中でも、戦争はまずいんじゃないの、ぐらいの方向は共有したい。それが日本という国柄ではないだろうか。