和服の生活
沖縄絣模様の簡易服。
せめて三線を弾く時ぐらい、沖縄の服を着たいと思う。もちろん普段から和服を着て暮らせればいいのだが、さすがにそこまではできない。人目をひきそうで抵抗がある。人目はあまり気にしないほうではあるが、さすがに本格的な和服を着て出歩くのはまだできない。それでも年もとってきて、どうせ変人ということで大丈夫になってきたので、そろそろ和服生活をねらっている。まずその前段として、簡易型の上着として、和服を少し加工したものを作ってみた。これだと和服を1時間くらいの加工で何と簡易上着に作り替えることができる。この2着は琉球絣である。1100円と1200円で購入した。正絹で作られた、立派な織物である。たぶん松本で作られたものではないかと想像している。本場の琉球ものとは少し違う感じもあるのだが、本物の久米島絣のものも3枚まだあって、作り直すつもりだ。生地を見て生産地がわかるというような眼はまだない。何しろ琉球の名のついた織物が日本の各地にあって、西陣の琉球柄というようなものまである。
このたくさんの和服は、私が裁縫で、簡易型に改良したものだ。
本場久米島織という、米沢で作らてた物とか、意味かわかりにくいものがいろいろあるのが和服の世界のようだ。。証書が貼られていれば、一応そうなのかと思うが、仕立てられている場合はよくわからないことになる。私がいつも気になるのは、苧麻がなぜ本麻という表示になるのかということである。苧麻はイラクサカの植物のカラムシである。どう考えても麻ではない。上布という枠もあり、これだと麻も、苧麻も含まれる。上布には、能登上布、宮古上布、八重山上布、近江上布、越後上布などが有名なようだ。一般に麻織物のことのようで、苧麻もこれに入れるということのようだ。それは布を税として上納するということからできた名称なのだろう。琉球でも養蚕がおこなわれていて、素晴らしい絹織物がある。那覇と久米島にあったという。久米島絣というものはいま盛んに作られている。全盛期には年間何千たんという反物が出荷されたという。現在重要無形文化財にしてされている。(1)小千谷縮(2)越後上布(3)結城紬(4)久留米絣(5)芭蕉布(6)宮古上布(7)久米島紬。最後の3つが沖縄のものである。
宮古上布を制作されて方からうかがったのだが、本来の重要無形文化財としての指定を厳格に考えれば、指定に従っていると言えるものは宮古島で織られているものの中でも、少ないらしい。だから複雑に証書が貼られることになるようだ。良い誤解をされることが、織り手の暮らしを維持してゆくということもあるようだ。私の着物の選択はそこまでの難しいことまでは考えていない。自分の審美眼で、良さそうだなと思うもので格安で買える範囲のものを購入して見た、素人である。そして、普段着にできるように自分で加工する。それも一時間ぐらいで加工できるものを作っている。そうすれば、みごとな絹の布の上着が1000円くらいで作れるということになる。もちろん私のような購入者では、織り手は困るのであろうが、私が買わなければたぶん廃棄されるものではないか。
三線を弾くというときにはいいのだが、残念ながら農作業のときには使えない。先日のダイナシティーである沖縄フェスタには、着て行った。涼しそうではあるが、別に涼しいこともない。宮古上布の苧麻のものや、能登上布の麻のものも、購入した。これなど本当に織られた人に申し訳のないような価格であった。苧麻と麻と比べると様子が確かにちがう。麻のほうが荒くゴワゴワしているようだ。麻にもいろいろあるのだろうが、まだそこまでは分からない。苧麻のほうがかなり繊細な感じだ。上布の場合もったいなくて、手を入れるようなことはできない。そのまま、浴衣のように使える。しかし、まだ洗濯ということをしたことがないのだが、洗うのは普通の洗剤で、洗濯機で良いというのだが、まだ怖くてやっていない。近く洗った結果を書くつもりだ。それにしても正絹の手織りの着物が、Tシャツより安いというのは、今の日本を現している。口先だけの美しい日本ではだめだ。