新藤兼人氏の訃報
新藤兼人監督が亡くなられた。100歳の現役映画監督である。『祭りの声 あるアメリカ移民の足跡』『いのちのレッスン』には感銘を受けた。考え方に筋が通っている。シナリオでも思想がある。当たり前のことだが、大半の映画監督に明確な思想はない。面白いとか、美しいとか表層的なことを撮影している場合が普通だ。言いたいことがあり、その言いたい事を伝えるために映画がある。この順序が明確な作家だ。だから、映画も著作もくっきりしている。しかも、100歳でまだ映画を撮ろうという意欲があるというのだから、並みの思想家ではない。日本の芸術骨格をなしていたような人が、失われた。この所はやりの軽い調子の映画も、悪いという訳ではないが、正面から問題を突き詰めるというような、新藤監督の姿勢は芸術としては、間違っても失ってはならないと思う。
吉田秀和氏の訃報がテレビに流れた。98歳だったという事だ。学生時代にモーツアルトが好きになって、吉田氏の「モーツアルト」を読んだ。モーツアルトを聞いて耐えていた時期がある。辛い時の為に、モーツアルトの曲に慣れないようにとって置いて、どうしようもない時に大切に聞いた。聞きなれて、効果が減るのを恐れた。それは長い間、モーツアルトからも、クラシック音楽自体にも、吉田氏のことも忘れていた。つまり、つらい時がなかったということだろう。有難いことのようでもあるし、情けないことのようでもある。クラッシックファーンの年齢層が若いと、海外からの演奏家はびっくりすると。当時聞いた。今もそうなのだろうか。モーツアルトがどれほどの天才なのか、吉田氏の本を読んで知った。
吉本隆明氏も88歳で亡くなった。学生の頃はやり過ぎていて、いつも気にしながらあえて読まなかった人である。通俗と思う位話題に出た。大方が注目するような思想に対して、ひねくれて受け止めるという性格なのだ。遠回りに、この人の詩を読んだ。全く気にいらない詩だった。今再読しても、評価できない。何故こんな詩が歴程賞なのか選考者の感性を疑う。言葉の選び方が鈍いと思った。学生のころ、そんなことでよく友人と議論をしたものだった。その背景にあったのは、花田清輝氏との論争である。私は花田清輝氏を評価していたから、吉本氏がなんだという気分だったのだろう。大切なことを言うときは、何気ないほどいいと感じる。大げさで力んだようなものは、嘘っぽいと感じていた。その後読んだ、「共同幻想論」もピンとこなかった。そう言えば、オウム教の浅原彰晃を評価していた。親鸞についても書いているものは読んだことがある。気掛かりな人ではあるが、この人の全体は良く分からない。
掛川の学園花の村の、宮城正雄氏も亡くなられた。2月7日のことだったらしい。95歳ということである。学園花の村の活動は、あしがら農の会と同時期に始まった。全国にあるる農地の維持活動の一つである。市民が農地を有効利用する仕組みづくりである。農の会としても問題になっていた、住宅のことで、どうやって農地に家を立てるのかを聞きに行った。実際に、コンテナを作る会社が移動式の箱型住宅を作り、置いてあるという形であった。しかし、行政サイドの許認可に関して言えば、なかなか難しいという事を教えられた。もう10年以上経つと思う。その後、宮城さんは小田原にも見えて、お元気な姿を拝見していたので、100までは大丈夫だと勝手に思っていた。そのくらい90過ぎても年齢を感じさせない方であった。私が考える偉人の一人である。
多くの方が無くなる。でも長生きの人はやり尽くした感がある。吉田氏も最晩年中断していた、出筆を再開している。宮城氏も手掛けた仕事としては中途であるが、宮城氏がやれることはやり尽くしていると感じられる。そう思えば、すべてはこれからのことである。今年の田植えもまだ大丈夫そうである。なにしろ、原発事故以来溜息ばかりで、弱音がつい口にだしてしまう。一年が過ぎ、弱音だけは口にしないことにした。口に出していると周りの聞かせられる人も迷惑だろう。出来ないやせ我慢でもしない訳にはゆかない。田植えで身体は付かれているが、むしろ前向きな気分になってきている。頭と心が疲れきってしまった時、残っている身体を動かし始めて、何かが変わり始めるという事があるようだ。頭の中で繰り返し、田植えまでのイメージトレーニングをしている。シュミュレーションである。頭がフル回転しているので、余計なことはいつの間にか忘れている。
昨日の自給作業:2時間 代かき 累計時間:23時間