生きごみサポーター会議
いきごみサポーター会議の運営委員会があった。笠原さんが代表となり、笹村が事務局員をやることになった。運営委員会と言っても、今回始めて見える方が、半分という状態で、全体を理解していただけている方が少ないという状況であった。議事進行は笹村が引き受けて、と言って全く非民主的に、一方的に名乗り出て、突然スタートしたような次第だった。この会議は何も、決めごとが無い状態でありながら、大きな役割を担ってきている。段ボールコンポストの推進役である。すでに配布の協力、段ボールコンポストの説明・相談役をしてきた。この会議を小田原における、市行政と市民との協働の事例の第一としたいと考えて進めている。これは今後互いに模索して行くことである。すでに、決まった守備範囲がある訳でもない。生ごみの減少という一事に向かって力を合わせるということである。生ごみの資源化という意味で協働する。市民の役割は何か。行政の役割は何か。
正直、行政とサポーターとして名乗り出た市民の間には、何一つ約束事は無い。またこのサポーター会議の役割すら、行政市民ともに正確には把握されていない状態である。まず、両者のすり合わせからということになるだろう。代表と事務局を決めるということが第一目的であった。これも全くの笹村からの提案ということで、代表は笠原さん。事務局は笹村と市の担当職員。ということに決めさせていただいた。本当に強引で一方的で申し訳ないことであった。他の方法が無く、もう時間が無駄にできないため、緊急的な処置となった。逆の立場であれば、許せないことであるのだが、事前にお願いをしたうえで、進めさせていただいた。それ以外決めようがなかったからだ。ここにこの会の特殊性がある。この会は生ごみ資源化のモデル事業に参加した人の中から、この事業の推進に協力してくれる人を、市と検討委員会が募ったものだ。どのように組織化を進めるべきか、誰にもわからないまま、すでに半年が過ぎてしまったということになる。
昨日も、この組織の自主的な決定権について、考え方の違いが出た。市民が市の事業に協力しようという、サポーター会議である。大半の検討員もサポーターとして参加している状況。又そこには、市の環境部の職員が3名同席している。一切の進行を見ているにもかかわらず、市の担当者は、サポーター会議には決定権は無い。決定は検討委員会を開いてからである。こういう判断であった。これは間違った理解である。市のモデル事業をサポートするために、活動して行く組織である。その趣旨の範囲で、裁量権がゆだねられないなら、市民活動は成立しない。つまり、「市の考えに従い、下働きをしろ。」こうした姿勢に受け取られても仕方がないだろう。これで市民活動が育つはずがない。私はその匂いがしただけで、すぐ辞める。かつての上位下達の時代なら、そういう従順な市民もいるかもしれないが、自主的な意志で、この事業に協力しようと名乗り出た市民である。またそういう市民をより多く育てるための、協働の事業である。決めることが出来ないのであれば、協働する市民は育たない。裁量の範囲を超えると判断したら、同席する市の事務局員が、会議の席で注意を喚起すればいいのだろう。
今後サポーター会議で進める第一の事業は、段ボールコンポスト基材を交換に見えない、人へのフォローである。交換に見えないと言っても、どういう理由で見えないのかは、把握はできていない。市役所での配布を1週間しただけである。土日も行っていないし、夜の配布も無い。モデル事業としてこの対応で、十分と言うはずはない。市の職員の守備範囲を超えて、サポーターの活動範囲である。まだ来ていない人に往復はがきで状況確認をしようということになった。一度は手紙を出すことが出来ると、検討委員会で説明があった。第2の事業としては、、地域活動として育てて行くためにも、基材の交換できる連絡所を地域に設置して行こうということになった。といっても現状では、全地域ということにはならないが、動ける地域から始めよう。この2項目を今週中に詰めて、随時連絡をしてゆくことになる。