田んぼの再生
欠の上の田んぼも再生急がピッチで進んでいる、耕盤まで綺麗に土壌が取り除かれ、平らに整地された。3枚だと思っていた田んぼは実は5枚に分かれていた。下の広い一枚の田んぼと思っていたところは、2枚になっていた。そして、もう一つ小さな3角形の田んぼもあった。この後、さらに進める。整地で、2ヶ所の田んぼを再生するとすれば、3枚になっているので、完成後は全部で8枚の田んぼになる。既に見事な景観が現れてきて居るが、完成した暁の美しさを思うと、わくわくしてしまう。この工事を実際に進めてくれているのが、菊原建設と言う。板橋の方にある建設会社だそうだ。工事の進め方を見ていても、とてもいい会社だと言う事が分かる。なんと言うのだろう。心がこもった工事をしてくれている。田んぼの耕作土を昨日は運び込んでくれた。今日もさらに入れてくれるそうだ。これが又良い土なのだ。田んぼに入れるのだからと考えて、石ころや根っこの混ざらない土を選んで入れてくれている。
昨日も現場に行くと、40年も昔の田んぼだから、トラックターが昔は入る道がなかった。今時、機械が入れないのでは耕作はできない。これをどのように作るか。本気で考えてくれている。後々の使い勝手まで考えてくれている。さらに、日照まで考えての道取りの提案があった。そして、川沿いは子供が来ても安全な畦道にしたいと言われている。つまり、私たちの活動が、普通の田んぼでなく、子ども達が沢山来るだろう、田んぼになる事まで考えてくれている。頼まれた工事をそこまでやればいいというのでなく、実によく先を見据えて考えてくれている。身体を使って働いている人は、気持ちがいい人が多いい。今回の「元気回復事業」でこのような方々が、全国に居る事が見えてくる、日頃公共事業停止を主張しながらも、元気に成ってくれればいいと思った。
その足で、水路の相談に農政課の水路担当の所に回った。田んぼの再生をするのだから、水路も直さなければならないのは、当然の事だ。現物支給だけでもしてもらえないかとお願いしてあった。「直すのは自分たちでやるから、材料は行政が提供する。」こういう手法で、水路は管理されてきたのが、昔からの伝統である。水路は市のものだ。市が管理義務を担っている。しかし、そこまでは現実には出来ないので、管理はその地で耕作する人間がたちが行う。場合によっては水利組合を作り管理する。水はなかなか難しい事が背景にあり、行政が責任ある姿勢で対応しないと、おかしなことになる。先日担当者2名が現場を確認して、どう対応できるか後日返答するとなっていた。返答が遅れているので、工事の進捗に影響が出てきた。そこで、聞きに行った。「行政では対応が出来ないので、組合にお願いをした。」と言う事だった。
行政にお金が全くないことはよく分かっている。急な対応が難しい事もわかっている。しかし、小田原市行政においても、久野地域の住民においても、耕作放棄地を再生してゆく、と言う方針がすでに在る。あしがら農の会はその耕作を引き受ける立場で、努力している。地主さんは耕作できないで居る。とても費用を出してくれとは言えない。行政が田んぼを再生するU字溝すら現物支給できない状況で、久野地区の農地の再生を行政の方針として主張していいものだろうか。行政の役割、市民の役割、どうも上手く噛み合わない。私自身がU字溝ぐらい負担するのはかまわないが、それでは筋が通らないだろう。水路は市の官地であり、そこに笹村の所有物が設置されてしまうことになる。私有物で出来ているというのは、下流の他の田んぼの方には上手くないだろう。各々の役割というものがあるはずである。それがどうも通らなくなっている。