行政と市民の分担
市民参加の市政は、建前としては誰でもが主張する。そう言わない特例は、市会議員ぐらいである。市会議員の中には、自分こそ市民を代表しているのだから、市民が直接市政に参加することは、ダブルスタンダードのようなものだ。と思っている人もいる。小田原市では自治基本条例が現在審議されている。「自治基本条例を調べていると左翼系の政策であることがわかります。市長は、何でこんな条例制定を進めようとするのでしょうか? 確かマニフェストにも記載されていましたが、市長選の選挙協力や政策協定でも交わしてしまったのでしょうか?」こう主張する市会議員がいる。左翼系の政策というのは、いかにもと言う発言でおもしろいが。前近代的と言うか、改革はむしろ自民党の得意の主張。今の時代、よく見ずレッテルを貼っるのはどうだろう。こういう人は、今度市民が陳情した、議員の投票行動を公開する要求は、たぶん否定するのだろう。
いま提出されている、自治基本条例は単なる建前論、精神論に過ぎず、一応作ったという入り口にすぎない。本当の意味で市民自治を実現するには、長い道のりがこれから想定される。ともかくそんな建前より、先ず市民が行動を起こす事だ。各分野で、市民が実践する、それを行政が後押しをする。この方法論を整理して見る必要がある。市民が行動を起こさないのは、行政の教育不足。情報の提供不足がある。行動を起こせば何かが変わる。成功体験の積み重ね。ごみ処理の市民参加も、久野小学校、報徳小学校で、試みられている。今の所、この手法が市全域に広がるようでもない。また、行われている地域でも、息切れがしてきている。何が問題であるのか分析し、どう解決をはかれば良いか。市民全体で論議すべきだ。市長は早急にごみ検討会の設立を回答してくれたが、既に3月に成ってしまった。
生業としている農業分野で言えば、小田原の現状は、きわめて厳しい、これをどう展望し、道筋をつけ、実践してゆくか。当然、私の行動など迷惑と考える人もいるだろうし、何の意味もないと思う人もいるだろう。しかし、このまま何もしないでいれば、衰退して行くだろう事は、共通の認識。多くの農家の人と話すと、農業は展望がないから、農地が転用できて、もっと有効に利用したい。こう言われることが多いい。その思いが農業振興は困るとなる。小田原では都市部分の拡大の中で、農家は不動産的に利益を上げてきた。線引きが変更になり転用できた。公共事業で収容された。これが直接の農業収入とは比較にならないほど大きかった。もちろん兼業が大半だから、農業の収入を当てにしていないという事もある。展望のない農業の中で、農業振興は本気では議論されなかったのではなかろうか。
先日の、有機農業協議会の発起人会においては、行政の人は実に正確な指摘をしてくれた。さすが良く理解している。情報も持っている。小田原の遊休農地の面積は177haに確定した。そうだ。以前は234haといわれていた。もちろん耕作地が増えたわけではない。どこからどこを耕作放棄地とするかは、神奈川県は神奈川県基準があるそうだ。国には国の基準があり、各県少し解釈が違うらしい。農地に戻せる実態。ここの解釈が違って来る要因。一度農地であった場所、という意味では、はるかに広い。「農地に、戻せる」これは農業のやり方によって違う。農業に使える農地。こうなれば、小田原にはほとんどない。だから放棄されている。この辺の解釈が、役所の方によって教えられた。行政の役割は、情報の収集、提供。そして市民の調整。連絡。一番重要な役割は、提出書類の指導。市民が行動を起こした場合、賛成であるなら、ここまではやるべきだろう。