簡保の宿の顛末

   

もう20年は経つのだろうか。竹下総理が各自治体に「ふるさと創生」を理由に1億円づつ配ったことがあった。地域振興券や、定額給付金よりは、いい政策だったと思う。これが日帰り温泉ブームの火付けと言える。何しろ、日本人の中でも、特に私は温泉好きだ。温泉を作って文句を言う人はたぶんいない。この1億円は、日本一小さい300人の青ヶ島村にも1億円だ。やはりサウナのある温泉を作った。ひんぎゃの湯と言うのではなかったか。地面がすでに熱い火口にあるサウナだ。海水を塩にする施設もあって、ひんぎゃの塩が作られている。この塩は味が実にいい。高級料亭に行くらしい。山北ではこのお金で、大野山に温泉を掘ったのだと思う。そういう話だったのだが、確認した訳ではない。随分深く掘って、温泉を掘り当てた。しかし、その温泉は使われていないはずだ。簡保の宿が来る予定だった。10数年前の事で、もうそういう馬鹿げた事業の最終段階で、来そうで来なかった。

行政はもう決まったことで、明日にでも作り始めるような事を言っていた。是非とも、環境重視の施設にして、地元材で作って欲しいと考えた。どこにどう言えばいいのかはわからないまま、要請を郵政省にした。そのままうやむやになり、立ち消えた。山北では丹沢湖、三保ダムや東名高速道路等の大型公共事業に支えられてきた。どこの中山間地も土建業が最後の砦だ。林業が衰退し、公共事業頼りに進むしか、地域振興策はなかった。第2東名道路の誘致が次の目標になった。所がこれが遅れている。そこで、エコループと言うごみの高度処理事業が、誘致された。これも何とか止めることができた。そんなこんなで、土建業で支えられている地域は、公共事業の削減でほとんど息の根が止められるような状態になっている。地域に、ふるさとを創生した仕事がないからだ。外の出てゆく以外ない。これが日本全体の流れとなっている。しかし、江戸時代の丹沢の暮らしを調べると、むしろ山の奥にこそ人が住んでいた。炭を作り、街に出す産業が成り立っていた。どこの文明も木を切りつくして滅びるが、江戸時代は木を再生し、森を作りながら、エネルギーを創出した。

あの時、山北に簡保の宿が来て居たらどうなっていただろう。当然赤字経営だろうが、行政に1万円で払い下げられている。と言う事になったのだろうか。1万円でもその後の経営赤字はとても行政では支えられないから、どこか、オリックスのような会社に貸すのだろうか。小田原ではヒルトンホテルに貸した。ヒルトンだって儲かるとは限らない中、事業として勝負した訳だ。オリックスが全部の簡保の宿を買い取る。たぶんその後、それを証券化して売るのではないか。オリックスはそういう会社だ。そのとき売れる金額が、入札金額と言う事だろう。郵政会社が証券化して売っても、買う人がいない。鳩山総務長官が買ってくれるならいいが。郵政会社の能力では赤字がかさんで、潰れることが判っている。ヒルトンは上手くやった。オリックスはどうだろう。経営の自信が、あるいは精算する自信が、あるから手を出したのだ。施設を作るのは簡単なことだが、経営は難しい。公共事業の為に、全国に経営できない、地元行政のお荷物になっている施設は幾らでもある。

簡保の宿が山北に来なかったことは、結果的には良かったのだろうが、温泉を利用しないで置くのはもったいない。あの付近を温泉のある集落にできないか。秋田の70戸の集落で温泉を管理している所がある。7000万円出し合ったそうだ。一軒100万円。掃除は2ヵ月半に1回回ってくるそうだ。入浴料は100円。ほぼ集落の全員が入るそうだから。毎日1万円、月に30万で管理しているとなる。温泉を呼び水にして、山で暮らす人を募集する。別荘ではない。山北の住民になって、山暮らしを始める人だ。1軒が1反ぐらいの土地で自給的に暮らす。斜面で充分だ。その作られた集落が山北の活性化につながらないだろうか。自給的に暮らすと言っても、IT環境は充分整える。そこで仕事が出来る環境を作ることだ。都会に居るより、発想の転換が出来る山里に暮す、そうしたことを望む、クリエーター、デザイナー、創作的作業の人を集める。東京まで東名バスで行く。私はそういう暮らしを望み、やってみたうえでその良さがわかる。富士山と向かい合う作業場はいいぞ。

 - Peace Cafe