サウナ入浴法
サウナに入る事で、身体の方が、何とか毎日を無事こなせている。これは健康的なのか、それとも、肉体の足掻きなのかは、わからないが、ともかくサウナ無しには、日々の労働に耐え切れない状態にある。これも中毒の一種か。何故サウナに入るようになったかと言えば、そもそもひんぎゃのサウナが始まりだ。青ヶ島の中央部は噴火口で地温が高い。その高い地温を利用してサウナがある。それまでサウナと言うものには入った事がなかった。熱いであろうし、そもそも何が良くて、暑さを我慢しなきゃならないのかが分からなかった。我慢と言うことが好きじゃないたちなのだ。所が、入ってみると汗をかく。子供の頃から汗をかけない体質だった。陸上の夏合宿などで、塩を吹くほど練習しても、汗らしきものをかかない。顔がじゃりじゃり白く塩の結晶状態でも、ランニングが濡れると言う事がない。だから体温が上がってしまい火照る。登山でもみんなが汗をかいて着替えが大変だ。と言う時でも、火照るだけだ。
それが、ひんぎゃのサウナで汗が、初めてダラダラとでた。汗をかくのは、悪くないと思えた。それから、酒匂の湯にあったサウナに入ってみた。肩こりがとれた。背中の痺れの塊が無くなった。神経痛にもいいかもしれない。そう思って、少しサウナの入り方と、体の変化を観察し始めた。それからが病み付きと言うか、サウナ無しでは身体が持たないと言う、良いのか、悪いのかはわからないが、体調が悪くない。サウナは身体に良くないという説も聞く。だから、今でも慎重ではあるが、もう4,5年続けてみて、悪くはないのだから。入り方によっては、いいものじゃないかと思えてきている。あくまで私の身体においては、と言う限定的なことだ。汗をかかないと言うのは、膵臓あるいは胆嚢の機能が問題なのではないか。このように言われたことがある。何かが問題ではあるのだろうが、それがサウナによって補われてきた、と言えるかもしれない。
サウナには77度前後の「おんりーゆー」と90度ある「コロナの湯」のどちらかに入る。体力が衰えている状態では、おんりーゆーに行きたくなる。一日働いて、筋肉がこわばるような日は、コロナの湯に行きたくなる。田植えや、穴掘りを一日中やっても、サウナにさえ行けば翌日筋肉痛のようなことはない。現在の入り方を整理すると、12分を一単位として、4回はいる。と言ってもそんなには入れるものではない。辛ければすぐ出る。12分を3分毎に分けて、最初の3分が「慣らし」次が「味わい」次が「佳境」最後が「治癒」言葉の力は重要で、いまは「味わい」の時間だと考えると、体の各部がその暑さを味わおうとする。治癒の時間だと思えば、治癒になるやも知れぬ。一回目なら、治癒の3分までを全うし、治癒が6分になる事もある。4回目では、佳境を体験できない場合もある。夏冬では当然違う。身体に従う。サウナから出たら、まず、ぬる湯で半身浴を10分。その後水風呂で、足だけの運動浴を400歩数える。この繰り返しで、サウナ4回。
以上を集中して行う。この間呆然と、リラックスしているだけだが、これが結構心理的にいいと言えばいい。ただからだの状態だけをおもん計る。かいた汗をときに舐めてみる。味が状態で違う。最初はわずかにしょっぱい。苦い時もある。4回目の汗は味がしない。汗とともに排出するものが重要ではないだろうか。体重を測定すると、1キロから、1,5キロの減少が見られる。終了後あるいは途中でも、水分補給を行う。今は自分で配合した、特製ヨーグルトジュースを、500ccほど飲む。心配はこうして自分の元気を、無理に搾り出していやしないか、と言う事だ。このあたりの事は、いまの所わからないが、ともかく体調はいいようだ。60歳の定年まで、後一年。搾り出してもやらなきゃならない事も多い。後一年間このサウナ法で、しのぐしかない。