土壌と作物

   

自然農法国際研究センターの石綿研究員にきていたただいての、貴重な指導が昨日行われた。3年も続けてきていただけて、これほどありがたいことはない。松本さんが毎年全てを準備してくれて、素晴しい機会をもらえた。農の会が毎年技術的にレベルアップしてこれた、大きな刺激になってきたと思う。石綿氏にとっては、私のようなまるで基本を知らない者の質問に、ずいぶん丁寧に、答えて頂く事ができた。これほどありがたい機会は、二度とないことだろう。石綿氏が特別な事は、今までの学問や学者とは、違う実学の姿勢で、しかも農家と同様のレベルでの生産的実験を重ねてこられたという所だ。農家の経験的ワザを、学問的視線で、実に明確な体系の中で構築されてきている。この学習を今年こそ生かし、いい畑に一歩前進しなければ申し訳がないことだろう。

今回特にお願いした所は、農家の言う「良い土壌」このあいまいな漠然としていながら、ある意味では、農家の全てがそれなりに、掴んでいる。不思議な存在を、どのように考える必要があるかを。順序だてて教えていただいた。土壌の成り立ちを教えていただくのは、3度目でもある。全てが土壌という基本に返る。と言う事なのだろう。石綿氏の土壌に対する視線は、いつも、生き物が形成する土壌という所だ。菌、バクテリア、小生物。そして植物の根。これらの相互に関係する役割が、循環しながら形成され続ける、土壌。このイメージ化にある。根圏の形成。雑草の意味。農業生物学。土壌生態系。植物の来歴。これらの実に複雑な世界を、明晰に整理されて、循環の模式図にされている。大きな流れと、個別的な農地という、特殊性の加味。

各々特殊な農地の中の、一般性の把握。加えて、作物ごとの歴史を踏まえた、生態学的把握。さらに、雑草毎の生態の把握。知的宇宙に突入する感がある。優秀な農家が、多品種でない理由が良く判る。白菜とキャベツでは違う。もちろん違うのは当たり前だが、違う視線で見ないと始まらないところがある。白菜が何故草に負けるのか。キャベツは後半は草が少々あっても問題にならないのか。すべてに理由がある。1種ごとに栽培は異なる。私に出来ない訳だ。ネギの草取りは、3月にはしてはいけない。でも笹村さんなら、今からでも、やったほうがいい。冬の草取りをやらないで草ボウボウで、何も取れないよりは、やった方がマシかもしれない。こうそらやさんに言われた。まったく最もな見解だ、人間の生態学まで考慮しなければならない。

「苗土は混ぜた後は、乾かしてはいけない。」「ユリ科や、イネ科の苗は定植したときの根は、意味がない。」「苗の移植を行う理由と、直根と脇根の形成の関係。」「キャベツの品種には外葉が18枚から13枚の品種がある。」「苗底からの根の断根は、植える5日前に2度」「稲の覆土はクン炭でもかまわない」「有機物の分解は一部に集中していれたほうが早く進む。」「切り替えして熱の出ないところまで進めれば、苗土に使える。」「落ち葉を堆肥に加えると、ミミズが出て病原菌を食べてくれる。」「さつまいもは4度以下で呼吸を止めて腐る。」「ぼこぼこになった畑の方が地温が上がる。」「畑で堆肥を入れたら、1月置いて使う。」「堆肥で一番いいのが、落ち葉を秋積むもの」「苗の覆土は馬頭まりしなければ肥料分がないほうがいい。」「水やりは葉に露のある間はやらない」「水遣りは朝早いほどいい。」以上は、石綿氏から、農場で苗を見ながら教えていただいたほんの一部です。

戴いた課題。タンボの減水深が20ミリが自然農法では最善との事。それ以上あると、栄養分の存亡が大きすぎるのか。しかし、縦浸透の大きい土の方の、土壌性に対する評価との関係。もう一つが、畑でのぼかしや、堆肥の雨による存亡のイメージ。ただ流れ去るのではないのではないか。それなりに、土づくりにかかわるイメージがあるが。

昨日の自給作業:畝立て、4本。2時間。 累計時間:10時間。

 - あしがら農の会