2022年 明けましておめでとうございます。

   

 謹賀新年
   2022年良い年になりますように。
 年賀ハガキの絵を一部展示させて貰います。
 新しい年に希望が宿ることを祈っています。


























































 2022年は崎枝に自給のための農園の建設に取り組む。これが第一の目標である。崎枝の月の池の水神が、私にやれと言っている。石垣に出来た新しい良い仲間と共に進めたい。大冒険である。結果は問わず、全力で取り組みたい。

 素晴らしい挑戦を楽しくやりたい。5年間で完成する計画である。2027年が完成目標である。5年間元気に動ける身体でいなければならない。今年は溜め池を3つ作る。そして、苗床田んぼと一番田んぼの完成をして、耕作の開始をする。

 農作業小屋の建設を進める。トラックター、脱穀機、籾すり精米機。そして、水牛の水場作り。与那国馬も飼えるかもしれないので、牧場作りも責任を持って進める覚悟をした。作業小屋作りをして、飼料を入れられるようにしておかなければならない。

 引き続きブログは毎日書く。これには願掛けがある。願掛けだから願いの内容は書けないが。動禅も毎日続ける。作務として、田んぼ作業が入ってからは、動禅の方は前半だけにした。作務としての農作業で日々一万歩は歩くためだ。スワイショウ。八段錦。24式太極拳。そして立禅。あと5年動ける身体でいるためだ。どこかが悪と言うことは無い。

 水彩画は日々一作を続ける。絵はあくまで自分の中のものの発露である。自分が出し尽くせればそれで良いという楽観。楽観は仏教の根本思想だと考えるようになった。中国で禅仏教に変貌する前の、釈迦の仏教である。

 身体の中に生まれた楽観が絵に現われてくるようになる事が目標なのだろう。そうした領域まで、人間を突き詰められるかは分からないが、方角はそこだと考えるようになった。行く先が分かれば、道も見えてくる。それが日々一作である。日曜展示は継続する。
 
 絵には方法はない。仕組みもない。立派である必要も無い。人と競べてはダメだ。すべてから自由に心を置くことだ。今日一歩でも進めば、最後に描いた絵が、到達点と言うことになる。それでいいと思う。絵を描いて生きることが出来るという幸せを感じて2022年の一日一日を生きたいと思う。

  昨日の晩には年越しに、美味しいおそばを頂いた。渋沢にあるそばの名店「くりはら」のおそばである。これほどのおそばは他にはない。栗原産が自分で栽培したおそばを、手打ちしてくれたのだ。例えようがないほど美味しかった。生涯これほどの贅沢はないかと思えた。栗原さんも農の会でそば作りを経験して、おそば屋さんになった方である。

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