自給を取り入れる暮らし方

   

 

  日本の最低賃金は経済先進国に比べて格段に低いそうだ。それをおかしいと怒っている人がいるが、自営業者から見ると最低賃金が貰えるだけましに見える。円安が続いている。つまり、庶民の暮らしはどんどん厳しくなっている。案外にゆでガエルに見える。ぬるま湯から出られない日本人。このさきのゆであがりが来そうだ。

 いよいよ自給の暮らしが現実的になっている。総理大臣が生活保護があるから大丈夫だと言うくらいだから、何も打つ手がないと考えておいた方が良い。生活保護は消費税で維持するのだろうか。ますます、自給生活が望まれることになる。

 円安は企業がいくらかは潤う体制である。しかし現実には企業も一部以外は儲かっているようでもない。輸出と言っても円安のマイナス面が企業にものしかかってきた。政府や日銀の本音は、未だに円安歓迎なのだと思う。つまり先行きの展望を失ったように見える。つまり日銀はしゃじを投げている。選挙もあるから、円安は問題だと一応説明したに過ぎない。

 いままでがおかしかったと考えておいた方が良い。日本の特殊事情の高度成長の恩恵を受けたからだ。日本の成長が止まったのは、日本人の限界が来たのだろう。新しい産業が創出できないのだから今更政府に文句を言ったところで仕方がない。

 その原因は稲作農家がなくなったことにある。と言うことは何度も繰り返し書いた。観察力の高さ。勤勉な労働力。協働する調和力。方向を一つにそろえる力。みんな稲作からきたものだ。それが失われたのだから、日本人の平均的能力は低下している。

 円安メリットがなければ、日本の物が売れなくなっている。日本の物は価格が安いから何とか売れるという商品になってしまったのではないか。1ドル360円の固定金利時代を思いだす。庶民は大変だったのだが、日本が高度成長へと進むことが出来た。

 世界での日本の立ち位置は、低賃金で、通貨の交換レートを下げて、なんとか日本の企業は維持できているという事なのだろう。選挙前で急に黒田さんが円安の問題を口にしたが、やっていることは相変わらず円安誘導である。つまり、日本の金利は0金利である。金利の高い国に外国からの投資資金は日本を離れてゆく。

 株価が下がらないのは国の株式投資が続いて居ることと、資産の行き場がないからに過ぎない。この先さらに経済が悪い状態になるだろうと考えなければならない。いまさら政府が悪いからなどと言ったところで始まらないので書く気にも成れない。

 長引くコロナのこともあり、国民の心理状態はかなり鬱状態になっている。私はのぼたん農園に熱中しているので、それどころではないのだが、日本の状況を考えるとさすがに暗澹とした気持ちになる。今度の参議院選挙でも自民党が支持されるのだろう。

 野党に期待が出来ないと言う事なのだろうが、自民党が何とかできると考える人も少ないだろう。いくらか強い方にしがみついた方がましと言うぐらいに期待感のない選挙。コロナもウクライナも、参議院で何とかしてくれるわけではない。

 最低賃金がある人はそれでもまだいい。最低賃金などない、自営業者や農業者にはさらに厳しい人が出てきている。ロシアではないが、自営業者は生活者だから、身を削って何とかしのいでいる。農業者の中に格差が生まれてくる。政府の支援を受けられるような体制の農家の経済は良くなり、そうでない農家は継続できなくなるのだろう。

 菅前総理大臣の方針とした自助の時代は来たのだ。生活保護を受けないのであれば、政府など当てにしないで、生き抜く覚悟が必要になっている。政府に搾取されながら生きなければならないという、最悪の形だけは抜け出すことが選択肢にある。

 やはり自給生活を構築しなければ、安心立命はない。自給生活の技術を伝えてゆくほかない。日本はやはり恵まれた国だ。豊かな国土がある。人口が少し増えすぎたが、6000万人くらいまで減れば食べ物には困らない。安心立命できる環境が日本にはある。

 のぼたん農園には同じ志の仲間がいる。小田原の農の会にも仲間がいる。仲間がいるありがたさは他に代えがたい物だ。考えてみれば何故こういうことが実現できたかと言えば、多くの人に助けられているからだ。世の中にはすごい人がいて、困った人を助けてくれる。

 何故助けて貰えるかと考えれば、やっていることが自分の利益ためでは無いからである。のぼたん農園は石垣島と地球の未来のための物で、個人の利益とはかけ離れた物だ。たぶんもう一つは、名誉欲のような物の匂いがしないからだと思う。

 正しい方向を目指している。正しい旗印を掲げている。希望を託せる冒険の目標がある。その目標に力を寄せてくれる人が現われる。個人の利益のためではないと言う意識があるので、厚かましくみんなさんの世話になることが出来る。

 面倒ばかりかけて、申し訳ないとは思っている。しかし、未来の見えない状況の中、何とか生きて行ける、自給生活の体験農場が必要だと思っている。思想活動でも、宗教活動でもない。どこまでも科学的な自給生活の技術習得の場である。

 主食を合理的に生産する。主食生産技術を身につけることで、社会とは別に自分の生き方を確立できるという考えだ。食べ物を確保すると言うことが、誰もに共通する生きると言う原点の確立である。ビルゲイツだって、プーチンだって一人分を食べて生きている。

 日本列島という環境であれば、化石燃料など使わず、自分の体力で食糧を確保できる。その合理的な方法を、みんなで見付けたいと思っている。一人の自給生活では食料生産に毎日2時間かかる。みんなの自給生活であれば、一日1時間の時間で食料生産が出来る。

 子供からお年寄りまで自給のための仕事がある。江戸時代田植えは女性が行い、田起こし代掻きは男性が行った。お年寄りが水回りをして、鳥追いをする。子供は苗運びが出来る。家族が、集落が協働して、知恵を出し合い。力を寄せ合う。ここには競争の無い社会がある。だから気持ちが良い。

 「ひこばえ農法」と「水草緑肥農法」研究して行きたい。必ずあと4年半の間に結果を出す。東アジア4000年の循環農業である。石垣島こそ、その実証実験をする好適地だ。おおよそ田んぼの土木工事は出来上がった。次は栽培の実験に入る。

 余裕が出来たならば、鶏も又飼わなければならないのかも知れない。自給生活にはどうしても必要な物が鶏である。ササドリの挫折で、鶏から距離を置いたが、もう一度考え直さなければならないかも知れない。遅いと言うことなどない。

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