石垣島に戻り、絵を描く日々に入る。
石垣島に着陸する飛行機、上から見る島が好きで着陸、離陸の時は窓に張り付いている。空席があれば、必ず窓側にする。俯瞰する景色は模様のようで実に面白い。ユーチューブには上空からの映像が様々出ている。石垣島のものもあって時々見た。見ると言うことはともかく面白いことだ。
石垣島に戻り、2週間が過ぎた。コロナ発病の兆候がなく、自粛期間が終わろうとしている。小田原行きの中で一番リスクが高かったのは石垣島に戻った15日のバスだった。石垣島は現在安心できない状況である。私が広げないかの心配より、どうすれば感染しないかを考える必要がある。
石垣島ではかりゆし病院ではクラスターが起きた。なんと患者が集まって食堂で食事をしていたというのだ。全くバスといい病院といい、肝心な感染対策が抜け落ちていないか。何しろ自民党の県議団は石垣島に来て、17名で宴会をしてクラスターを起こした。それに石垣の市議団も参加したと言うから、どうなっているのだろう。マスクをしろ、手を洗えをしろ、それ以前の基本がだめではないか。
それぞれが自分で注意する以外に感染を避けることは石垣島では出来ない。もう満員バスには間違っても乗らない。東海道線はグリーン車に乗ったのに、石垣島ではタクシーに乗るべきだった。何かこう言ううっかりが危険なのだろう。
本島から戻った人が2名感染。そしてかりゆし病院の患者ではない方が6名感染。この8名は普通に暮らしていた方だ。自民党の県議団もクラスター感染して石垣島を歩いていた。狭い石垣島なので、どこかで感染者と出くわす可能性はある。感染者の80%は自覚症状が無いのだ。
今は小田原で猛烈に農作業をしたことが嘘のような気がしてくる。ユーパックで送った荷物は中一日で着いた。ユーパックはすばらしく早い。軽く干してお米を真空パックして戸棚に格納した。サトジマン60キロと餅米が8.3キロ。これで一年分のお米が確保されている。お米があれば暮らしは一安心である。
今これ以外に10数キロ麹用の古米が保存してある。もし麹を作るとすればこれを使う。そして、来年お米が余れば又それを麹にする。麹にするには古米の方が良いと、厚木の麹やさんが言われた事が頭に残っている。そう、そのほかにまだ麹が冷凍保存してある。麹は常に冷凍してあり、時々甘酒にして飲む。甘酒は飲む点滴である。健康食生活の必需品だ。
麹を作りに行くとすれば、正月と言うことになるのだが、以前あまりの寒さで風邪を引いた。今風邪を引くのはいただけない。今年は麹造りはお休みにした方が良いかと思い迷っている。出来れば、12月に行くときにやらせてもらえないだろうか。付くって冷凍しておけば、大豆さえ収穫すれば、いつでも味噌造りが出来る。大豆の会にお願いしてみよう。
今回小田原では醤油を絞った。いくらか人にあげて、石垣島には9リットル送った。これでしばらくは醤油はいらないだろう。今後、醤油を作るような余裕はもう無いような気がしている。醤油はかなり手間暇がかかる。3日間はつききりで管理をしなければ仕込めない。
今回渡部さんから栗を貰ったので荷物に入れて送った。欠ノ上田んぼの栗だ。すぐにその栗を全部茹でてしまい冷凍をした。時々楽しんで食べている。栗は美味しいが、石垣島では見ない。栗ご飯も一度は食べたいがまだだ。栗ご飯には少し餅米を混ぜて炊くとより美味しくなる。
新米をたべた。今年のお米はどこか軽い味だ。美味しいお米なのだが、登熟度が低い感じがする味。今年は自給祭が延期になったので、お米の食べ比べができない。他の田んぼはどうだったのだろうか。欠ノ上はサトジマンは収量は9.5俵。餅米はイノシシと雀の被害に遭った。
8キロも満月餅米があるので、中華おこわも作りたい。ソウキ入りで作る予定だ。八角、セロリ、ゴボウ、出来ればタケノコ、そうだやはり渡部さんから貰った干し椎茸も使おう。自粛期間が終われば、一度スーパーに買いものに行く。まだ一度も行っていない。
もう半年以上ファミマに入ったことがない。コーヒーは豆を通販で送ってもらっている。何でも通販で手に入るから、困ることはない。スーパーは一軒空いているところがある。我が家ではそこへ午前中行く。数人のお客さんしかいないのでまずは安心である。ただそこには納豆がないので困る。納豆も自分で作るようにしなければダメなのか。
石垣島に戻り、絵の方は新しい局面に入ったような感触がある。意識して変えようと言うつもりもないし、自分らしく描こうなどと考えを変えたわけでもないのだが、何故か、戻ってから、前のようには描いていない。しばらく中断したからと言うこともあるが、何かが違う。
絵は無理な意識はせず、描けないままでも、自分を信じてまっすぐに描こうと思う。描いている内にどこかに行くだろうと思っている。絵を描きたいという気持ちはより強くなる。これは焦りでもあるのだろうが、描きたいという気持ちがある間は、ともかく描きつづけて行くつもりだ。只管打画。
もう少しで行き着きそうと言う感触と、何かが進んだかなと言う感触が絵を描きたくしている。今一歩で描き方の問題は終わりそうな感じがしてきている。技術的な問題は解決しつつある。技術が無いから描けないという問題は終わりつつある。
絵は何を描くのものなのか。絵はどのように描くものなのか。このあたりの問題に集約されつつある。思いどおりに空が描けるとして、空を何故描くのか。そもそも風景を何故描くのか。絵を描いて何をしようというのか。やはり描いた絵より、描くと言うことが重要なようだ。結局いつもこのことに戻ってくる。
技術を磨くと言うことは結局自分の本質の問題に向かい合うために、余分なことを削いでいるような気がする。自分に技術があればと言う言い訳を許さないためだ。何でも出来るのに、何故空を、空のように描くのか。ここからが大変なことなのだ。スタートラインには立った気がしている。
やりがいのあるとこまで来たという気はしている。描こうと思うようには描き始めているので、今やっていることは自分というものの何かと言うことだけになる。そう思うと自分というものを風景にぶち当てたくなる。切実なところで風景と向かい合いたいと思う。
一報残念なことに、コンサートに行けない。これは何か物足りない。石垣での楽しみが失われている。最近は実は家でも余り唄うことが無い。唄う目標が無いと言うこともある。小田原に行っても集まることが出来ない。その結果絵だけになっている。良いのか悪いのか。
AtelierCarで描きに行くことが楽しみだ。AtelierCarでは音楽は聴ける。八重山民謡をかけてみるときはあるのだが、音がしていると絵は描けないと言うことが分かった。一休みの時には聞くのも良いが、絵を描いているときには音はない方が言い。今日は、ミルミル本舗の前に行くつもりだ。