老人暴走車は他人ごとではない。
老人が池袋で暴走事故を起こした。犠牲になられた若い親子連れを思うと、老人の一人として悲しみが湧いてくる。申し訳ないような思いがわいてくる。尊い命になんと言うことをしてしまったのかと思う。若い人の残念無念な思いは消えることはないだろう。もうすぐ70歳になる。人ごととはまったく思えない。いつまで車に乗れるのかと言うことだ。人間は衰える。問題は衰えが人それぞれと言うところだ。私も運転が衰えたという自覚がない。これが怖いところだ。解決策はある。70歳以上の人で、運転をしたい人には、厳しい試験を課すことだ。70歳を過ぎても運転をしたいという人は特別の人と考えるべきだ。それぞれに事情はあるから、運転を禁止という訳にも行かない。肉体は個人差があるとしても、衰えているのは明らかなことだ。75歳を超えて運転するという人には、さらに毎年厳しい試験を行う。費用も自己負担である。80歳を超えても運転する人は特別な事情な人として、特例で運転を許可するぐらいではないだろうか。医療機関での肉体、精神、知能、運動神経、の検査の提出を義務とする。それに通過した場合、高度な運転技能検査を行う。自動車は凶器にもなり得ると言うことだ。それくらいの審査を課した上での、特別の許可の運転免許とする。また、75歳以上の人の車は、すぐ見てわかるくるまの色にする。虎模様の幅広テープを前後に貼り付ける。老人車でありますともっと明確にわかるように表現をする。
他人事とは考えていない。70歳を超えた人は「高齢者講習・シニア運転者講習・チャレンジ講習+特定任意運転者講習(簡易講習)」のいずれかの講習を受講しなければ運転免許の更新が出来ない。この講習が緩すぎると言われている。講習ではなく試験とすべきだ。この中のチャレンジ講習というものは70歳を超えて免許更新を希望する場合、6ヶ月前から受けることが可能になるようだ。今から行ってみても受けさせてもらえるものだろうか。私の場合、平成34年9月が免許更新と書かれている。こうなるといつだか計算がわからない。令和4年になるから、今が令和1年だな。あと3年か。西暦で表示してもらいたい。すると73歳の時と言うことだ。それまでチャレンジ講習は受けさせてもらえないのだろうか。果たして免許更新時だけでいいものだろうか。少なくとも、75歳を超えたら、毎年試験をしなければ運転は無理だと思う。またそれくらいの試験を義務としても、事故を起こしてしまうよりは遙かにましだ。聞くところによると、老人の運転講習はかなり甘いらしい。厳しい厳しい試験にするべきだ。
私が石垣に超した理由の一つには、車の運転のことがあった。車なしで暮らせる所に老人は暮らす方が良いと考えた。小田原の家は車がなければ暮らせない。そうなってからでは、もう引っ越しをすることも気が重いだろう。そこで引っ越しが可能な内に越してしまおうと決意した。新しい場所での暮らしに順応するには数年はかかる。少しぼけてから引っ越しをするのでは無理だ。幸いなことになんとか滑り込み間あったようだ。毎日石垣を散歩しているのも、石垣の地図を完全に頭に入れたいと言うこともある。小田原が頭に入るには3年はかかった。早く石垣を頭の中に染みこませて暮らしたいと思っている。3年前から石垣島を入念に走っている。相当気お付けて注意しながら走る。絵を描きたい場所を新しく見つけるためである。午前中絵を描き終わったら帰りは遠回りして、新しい描く場所を見つけながら帰る。意外な場所に意外な田んぼがある。油断なく、島中あらゆる所を運転して、土地勘を十分に身に着ける。地図を見ながら運転という状態では、年寄りには無理だ。70までには描きに行く場所へのコースを身体にたたき込みたいと思っている。
見つけたら、車のナビに登録地点としてある。現在10カ所くらいになった。10カ所も素晴らしい田んぼがある。古い時代の形を残した田んぼがまだまだある。この10か所への行き帰りを完全に自分のものにしたい。どこの角が危ないか。どこ辺りから子供が飛び出すか。どこが危険で、時間による状態の違いなど、充分に身に着けたい。かなり頭に入ってきた。石垣の運転で気お付けなければならないのは、一方通行の逆走車が多いいこと。住まいの周辺は一方通行ばかりだ。そこによく逆走車両がくるので、よほど注意が必要だ。又夜の点滅信号への切り替えも戸惑うところだ。朝早い時は気お付けなければならない。信号によって違うので、覚えておかないと危険。そして、旅行者のレンタカーのスピードの出し過ぎ。幸いなことにゆっくり走っていても邪魔者扱いにはされない。車に本気で安全運転だ。