中川一政美術館へ行く

   

真鶴にある中川一政美術館へ行った。3回目である。行くたびに始めてきたような気になる。私にとって聖地のようなところだ。何時も絵の事だけが残ってしまい前行った時の全体のことがはっきりしない。私にとって中川一政先生は日本最高の画家だ。だから畏れ多くて、なかなか行けないところである。小田原から近いところではあるのだが、遠いいところだ。昨日は水彩人の仲間4人に誘われて、緊張して出かけた。やはり凄い絵があった。どの絵も初めて見るような気がした。新たな中川一政氏がいた。石川県の松任の中川一政美術館を昨年は何度も見た。すぐ傍で水彩人展を開催したからだ。その時は書が中心の展示であった。この書がまたすごい。すごいというのは90歳過ぎてどんどん迫力が増してゆくところだ。こんな生き方があるのかという驚き。生きる姿勢というものに打ちのめされた。自らの甘さをつくづく思い知らされた。情けない自分というものを自覚した。人間の生涯というものを学んだつもりになった。

絵を描いて居て、絵というものがないような気がしてきてしまうのだ。絵は人間にとって有益なものでなければならない。絵によって人間が変わり、社会が変わらなければならないと思って描いてきた。ところが、自分の絵画に人間を変えるような、社会に影響を与えるような力がないと、自覚せざる得ない。それで私絵画という事を思うようになった。逃げであると、中川一政氏は私に示している。日本の絵画が芸術であった最後の人なのかもしれない。私はそう思っていたようだ。絵というもののすごさは、物としてそこにあることだ。心地よい美術品ではない。絵はイメージではない。現実にある「もの」なのだ。だから、何度でもその確かさを確認できる。

中川一政氏の絵は面白い絵ではない。良さげな絵ではない。美術品ではない。きれいごとではない。いわゆる絵作りは一切ない。ヘタウマとか、素朴派とか、そういう甘い空気が一切ない。ただただ、真剣勝負だけだ。その本気の制作が、その絵の上に示されているだけだ。その絵は美しさもあるのだが、美しさに寄り掛かるところがまったくない。確かに趣味的な鑑賞者の鑑賞にも耐えうる総合性もあるが、美術を見る眼で見ていてはその本質は見えない作品だ。その点梅原龍三郎氏とは似て非なるものである。梅原氏の絵は床の間にも飾れる。中川氏の絵を日々見ることは苦しい。余りに本気だからだ。人間が生きるという事は苦しく悲しいものでもある。喜びを唄うだけでは真実には近づけない。苦しいとか、嬉しいとかいう、感情的なものを超越している。他に並ぶものがあるとすれば、ゴッホである。97歳まで生きたゴッホである。あのゴッホと同様の生きる苦しさを、正面から受けながら、97歳にまでその解決を示し続けている。

今全否定されたような気分でいる。自分に逃げ込んではダメだと言われている。どうしたらいいのかわからない気分である。見に行けばこういう風になるとは思っていた。またやり直すという事なのだろう。分からないままやるしかないという事なのだろう。中川一政氏は最後の最後まで、分かっているようなことをやっていない。つねに新たな世界を探ろうとしている。その時に過去の作り上げられた絵画というものが否定されている。やり直しである。この機会にもう一度再出発である。自分の思い込み、思い上がりを自覚できた。これも水彩人の良い仲間と一緒に見に行けたからである。有難い機会だった。

 

 - 水彩画