笛吹市の春を描く

   

甲府盆地の笛吹市は私の生まれた土地である。昔は東八代郡境川村藤垈という甲府盆地の南側の山の中である。その一番奥の山寺の向昌院というお寺で育った。春の待ち遠しい山の中であった。標高は400メートルくらいあって、冬の凍てつきはかなり厳しいものだった。春が来ると眩くて、今でもあのまぶしさの感覚だけは鮮明によみがえる。昔の家は家の中が暗かった。暗い中から外に出て目がくらむ感じは春になると強く感じた。あの子供の頃に感じた春の喜びのようなまぶしい光景を描きとめてみたいと思う。子供のころは甲府まで歩いてゆくような暮らしだったので、甲府盆地の南半分は土地勘がある、とどこかで思い込んでいる。ところが故郷がまるで違う土地のように見える。まるで初めての土地に行ったような気になり少し寂しいことになる。ただ、話していると向昌院のことを知っている人も居てくれたりして、やはりほかの土地とは違う。描きたいと感じている物の根底にある世界は、昔の甲府盆地の情景なのだろう。それが今は見つからなくなり、あちこちを捜し歩いている気がする。

今回は「スパランド内藤」という石和にある日帰り温泉のようなホテルに泊まってみた。塩山のいつも描くあたりも、御坂あたりの桜の公園や藤垈にも近いので、絵を描くにはちょうどいいと考えた。もちろんスパランドという名前にも魅かれた。笛吹市の石和にある日帰り温泉である。宿泊もできる日帰り温泉である。石和温泉というのは今は有名だが、子供のころにはなかったものだ。ある日、温泉が突然発見された。確か小松農園という遊園地のあったあた付近だ。ホテル内藤はスパランドというだけあって、すごい充実した温泉施設である。何しろサウナが4種類もある。打たせ湯もあるし、ジェットバスも強力なものが4種類ある。露天風呂も4種。そのうち一つは漢方の薬草湯。甲府盆地に絵を描きに来て泊るところが、こんな充実したスパランドとは、私には願ったりかなったりである。場所は20号線沿いで分かりやすいところだった。一日絵を描いているとさすがに身体がこわばる。夜ゆっくりお風呂に入れるのはありがたい。そのうえ、夕食はとらないでも構わない。夕食はいつも食べないので、夕食を食べなければならないホテルは困る。ワイファイ完備もありがたい。

甲府盆地は果樹園が増えた。昔は桑畑が多かったのだが、今は昔は田んぼだったところまでブドウ、桃、アンズ、プラムだ。春は花が咲き乱れて見事である。しかし絵を描きたくなる場所はなかなか見つからなかった。いつも描いていた場所が3か所あって、順番に行ってみたが、どうも描きたくならなかった。描きたいものが変わったようだ。絵になりそうとか、美しいとか、以前そいう動機で描き始めていたのだと思う。昨日行ってみてそういう場所だと思って描きに行ったのに、描きたい里山の情景ではなかった。単一の農地や観光地であったり、絶景であったりすると、むしろ絵にしたくなくなった。普通のただの自給の畑が描きたい。自給の畑がなかなか見つからなかった。里地里山というものが見当たらない。藤岱にも行ってみたのだが、描きたくなるところはなかった。一番奥の大窪まで行ってみたが、昔を思い出す立派な家が並んでいたが、どこがおしん屋かわからないので驚いた。結局塩山で描いたのだが、どうだっただろうか。よくわからない。

今日はもう一度描きたくなる場所を探して見るつもりだ。描きたいところが変わってきているようだとは思っていたが、今回気に入っていた甲府盆地の3か所の場所が描けなかったので。はっきりと自分の絵が変わったことを自覚しなくてはならない。その上で自分がどういうところが描きたくなるのかを確かめることが必要だ。今回それが出来れば、それだけでいいと考えたい。昨年は描いたのだから、一年で随分変わるものだ。明るくなったらすぐ描きに行くつもりだ。

 

 

 - 4月, 水彩画