移民と難民
ヨーロッパに中東からの難民が押し寄せている。中東政情不安、特にシリアの内戦状態が難民を生んでいるだろうことは想像がつくが、ハンガリーやギリシャまで来た難民たちの話していることは、どことなく移民のような印象を受ける。祖国での生活が不可能になったから、豊かなヨーロッパで、教育を受け仕事をしたい。というような言ことを口々に話している。国家があって民族なのだと思う。難民認定ということがある。ドイツでも難民の認定に半年もかかる場合もあるらしい。難民とは何か。難民を規定する国連の規定書を読むと108ページにも及ぶ長文であり、もう一つ明確な印象がない。日本の難民制度を読むと「難民とは,人種,宗教,国籍,特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないか又はそれを望まない者とされています。」とある。
良く日本は難民に対して、冷たい国であるということが言われるが、難民に対して日本人が冷たいというより、難民の認定が厳密な国ということだと思う。難民認定の役割に当たった、元難民支援のNPO団体の代表が、難民認定の仕事にをした後、書いた文章をよんだ。ほとんどの人が移民希望であり、難民とは言えなかったと書かれていた。難民を広く認めるべきと言われていた支援団体の人でも、難民というより移民ではないか問う疑問を持ったという。国家権力から迫害を受ける恐れがある場合難民と認定される。貧しいから、外国に逃れようということでは、難民とはいいがたいのであろう。貧困の問題が移民の背景にあり、日本も移民が国家政策として奨励され、多くの人が海外に渡った。台湾、朝鮮、満州、樺太、からの戦後の引揚者数が、300万人と言われる。現在のアメリカ、および中南米の日系人総数がやはり300万人と言われる。
移民について学んでゆくと、日本人の移民は政府による棄民というような性格があり、国家と国民の関係を深刻に考えざる得ないことに出会う。いま、日本では人口増加策が盛んに言われるが、そんなことは国があれこれ関与すべき問題ではない。政府は良い国を作ることを目標するだけで良いはずである。良い国になれば、自然その国土に見合う人口に落ち着くはずだ。明治の日本から移民は、どちらかと言えば出稼ぎの感覚を残していた。東京に出て一旗揚げるというような感覚と似ていて、ハワイや南北のアメリカにわたり、成功をおさめ、故郷に錦を飾るというような気持ちが見られる。昭和の移民になると、満蒙開拓団のように、国策による国家の拡張意識が根底にある。移民が気になるのは、たぶん親族にアメリカのサクラメントに移民した人がいたからだと思う。
イスラム圏の政情が安定しない限り、脱出はさらに広がる。大きな歴史の流れから考えれば、武力による世界均衡の結果である。武力には武力をもって対抗する勢力が現れる。世界の現実が武力均衡であるのは確かであるが、中国が競争に加わり、このまま進めば取り返しのつかないことになるだろう。国家間の戦争というより、内戦化したテロの蔓延である。弾圧すれば必ず新たなテロが広がる。50年前より状況は悪化している。武器の進歩もある。生物化学兵器の問題もある。もし、北朝鮮が内部崩壊したとして、その難民は日本に来るのだろうか。中国の破たんによる難民が日本に来るということはあるのだろうか。対応を誤ればタイで起きたようなことが、アジアでのテロが日本で起こされる危険は、増している。