衆議院の新区割

   

衆議院の新しい選挙区区割に対する意見が出た。その場しのぎの忽ちに、違憲状態に戻る案である。選挙の区割りを選挙の都度に変えるようでは、良い選挙制度とはほど遠い。たぶん次の総選挙が実施されるときには、また違憲状態で選挙を行うことになるのは確実である。地方の人口減少の方が、速い速度で起きている。あらゆるところが、1対1になる位の根本改革をやるべきだ。そして、1対1,5位になったらば、自動的に変わるような制度にすべきだ。地方の意見が通らなくなるというのは、定数削減をするからである。定数は増やせばいい。日本の政治が民主主義が成立していないと世界から見られている。憲法違反の最悪の状態である。こんな憲法違反をしている国では、領土の主張も正当性が弱いものになる。いい加減な根拠でなんでもやる国と、世界から見られる。軍隊と自衛隊の問題も同じである。憲法を解釈変更でゆがめてしまっている。憲法違反の国会議員が、次の参議院選挙は憲法改定を争点にするなど、恥ずかしくないのだろうか。まず、選挙制度改革である。

小選挙区制の問題である。少数意見が排除される選挙制度になってしまった。アメリカに従ったということのようだが、アメリカには連邦制がある。大統領制がある。日本のように、小選挙区制だけでは、民意が反映しない。投票率が、1対2くらいでも議席では、逆に2対1になる。原因は少数意見の乱立と多様性である。このことは日本の政治状況の特徴として考える必要がある。少数意見をきちっと国会に反映する仕組みを作り出さない限り、政治への関心が薄らぐばかりである。少数意見を押しつぶせば、政治は腐敗する。山形、秋田と知事選挙の無投票が続いている。どうせ立候補しても当選しないなら、選挙すら行われないことになる。これは一人を選出する選挙制度では起こりやすい。例えば、お隣の衆議院選挙区の河野太郎氏は選挙せずの状態である。これが、2人を選ぶ選挙であれば、2人目狙いで、さまざまな候補者が立候補し、議論のきっかけが生まれる。

衆議院の区割りの変更では、5名の議員定数の削減も併せて行われる。これは経費削減ということなのだろうか。議員の歳費を半分くらいまで下げればいい。議員の政治活動にお金が必要だというのは、嘘である。選挙活動にお金がかかるだけだ。自分の考えを表明するために、紙媒体しかなかった時代とは違っている。選挙民サービスにお金がかるだけだ。落選を恐れるあまり、肝心の政治とは何かが、おろそかになっている。政策選挙にしなければならない。政策をブログで書けばいい。それで、知りたい選挙民は十分に理解したうえで選択ができる。人柄よりも政策である。議員には日誌を付け公表する義務を課するべきだ。歳費を払うのだから、その位義務付けても当然のことだ。議員定数削減は民主主義の危機だ。無駄な議員はいらないと感じるだろうが、歳費削減を優先して、議員定数は増やすべきだ。

民主主義は常に探求すべき志である。有力な者、上に立つ者、能力のある者、こうした人こそが率先して弱者の立場を理解することである。自分が有利になる道を、巧みに選択するのでなく、弱者の目線で選挙制度を考えるべきだ。自分の政党のためではなく、日本の未来のために、日本らしい民主的な選挙制度を構築してほしい。まだまだ、日本の社会には民主主義は根付いていない。土壌が化学肥料や農薬で、砂漠化するように、その場の利潤を求める社会では、民主主義は衰退する。多様な微生物が共生するような、互いに相手を生かす民主主義の社会に育ててゆく必要がある。議員定数を減らすことが正義のように言われるのは、国民の感情としては、政治家が大して意味がない、居てもいなくても変わらない、という気持ちの反映である。日本の事を考えてくれる政治家なら、数は多くいてほしい。もちろん歳費は下げるべきだ。

 - Peace Cafe