吉村和郎全柔連コーチ
吉村コーチとは直接話をしたこともある。「講道学舎」横地治男理事長に要請され、コーチをしていた頃だ。書きにくいこともある。「講道学舎」は全寮制の柔道私塾である。生徒は当初世田谷区立鶴巻中学に通っていた。そして高校になると、世田谷学園に来た。当時、世田谷学園で美術を教えていた。この学校は曹洞宗の学校である。私はこの学校に中学、高校と宗内生として通った。この学校の柔道の担当が花野先生で、教えていただいた。全生徒の顔と名前を知っているという先生だった。鶴巻中学でトラブルがあったらしい。だいたいの生徒が九州から来ている。東京の子供とはあまり話せなかったという。行き違いも多く、身体も大きい、しかも集団で行動する。公立中学では持て余したらしい。それで、花野先生が柔道連盟の役員もされていたこともあり、世田谷学園で引き受けることになったと聞いた。
講道学舎の指導がどれほど厳しいものであるかは、生徒はあまり語りたがらなかったほどだ。外部の者には理解できない世界だから、誤解されると思っていたのだろう。それくらい厳しかったのだと思う。私塾であるから、厳しくて嫌なら辞めればいいという環境だった。そして、講道学舎からはオリンピックで金メダルを取るような、選手が何人も誕生した。そうしたコーチとしての実績があり、吉村コーチはオリンピックの女子柔道のコーチになる。全日本のコーチとしては、オリンピックに出ていない人ということは、特別なことではないか。そこでも成果を上げる。2004年のアテネでは女子柔道は大活躍をする。そして、2006年には全柔連強化委員長になる。しかしその後、北京、ロンドンと柔道は衰退して行く。ロンドンオリッピックで金メダルなしの男子柔道の篠原コーチは辞任。当時吉村コーチも辞任するという話があったはずだ。しかし、そうならなかった。このあたりに今回の問題が表面化した背景がありそうだ。これは、指導の在り方の問題だ。バレーボールの大松監督は鬼と呼ばれたが、暴力も暴言も無かったそうだ。
吉村コーチは横地氏のような大人物の下で働くと力を発揮する人のような気がする。自らが上に立ち、全体を統括して指導するような人物ではない気がする。吉村氏自身、園田コーチの暴言や体罰を見たこともないと、述べている。口にしてはならないことだ。黙ってやめればいい。もしそうだとすると、統括責任者としては、目が届いていないという事になる。少し不自然な話だ。むしろ、園田コーチにもっと厳しくやれ位の、はっぱを掛けていたと想像する方が自然だ。講道学舎での指導法をどのように変えていたのだろうか。個人を批判しているのではなく、講道学舎の柔道精神を考えれば、指導と言うものが、限界以上に厳しいものであって不思議が無い。ところが、オリンピックのスポーツ種目である以上、世界のルールに従わざる得ない。この武道とスポーツの乖離を真剣に考えるべきだ。両者は異なる道なのだ。
道を求め修業の門をたたき、命を預けなければ、何も分かることはないというのが、日本の道における伝統である。師から人を殺して来いと言われて黙って殺してこないようでは、師から学ぶことはできないというのが、禅宗の教えにはある。だからこそ、本当の師を求めて雲水修行をする。禅宗の修業はすべて体罰のようなものだから、どれほど厳しかろうと、厳しいなどと思うことはない。去る者は追わず。そうして初めて学ぶ事の出来る世界。西欧的なオリンピックスポーツ精神と違う世界観がある。「オリンピックなどやめよう。」全柔連がこのように主張するなら、まだ分かる。目的が金メダルと言う所が、武道の精神から言えば不純なものだ。スポーツと武道が異なる精神のもとにある。このことを曖昧にしたままではよくない。自民党の橋本聖子氏「訴えるということは非常に大きな責任がある。プライバシーを守ってもらいながらヒアリングをしてもらいたいということは決していいことではない」と述べた。これから調査を行う、JOCの理事の立場での発言である。この認識では、オリンピックに出ることもできなくなる。