代かきが始まる

   

田植えの準備がいよいよ始まった。田んぼは一年通してのことでに区切りがあるわけではないが、やはり田んぼが始まるというのは田植えが近づいてきて、改めて感じることだ。どこか体に緊張感が伝わってくる。昨日は、牛島田んぼの代かきだった。周囲の田んぼではすでに田植えが終わっていた。農の会の田んぼはいつも田植えが遅い。遅いのは手うえで大苗で行うからだ。牛島田んぼは昨年から始まった田んぼだが、去年あまり良い田んぼにならなかったこともあって、今年は年間を通して、手伝いに行くことになった。畔の作り直しから始めた。田んぼは畔に囲われた池だ。畔が生命といってもいい。しっかりした水もれのない畔を作ることが、基本となる。冬の間に、ユンボをまごのりさんが持ってきてくれて、これは行った。初めての田んぼなので、水が来てみないと本当のところはわからないと思っていた。昨日の様子では、畔はしっかりとできていた。

牛島田んぼは一反の田んぼである。三枚に分かれている。一晩入れた水が、3枚に分かれた田んぼに一応は来ていた。水路の水は心配とのことだったが、代かきをできたぐらいだから、後はしっかりした田んぼにすれば問題はない。代かきは、小さい普通のタイヤの耕運機でやる。その前にアラオコシをやってあったのだが、これが相当に良くない。やはり来るべきだった、反省。アラオコシは代かき以上に大切である。田んぼの深さを決める重要事項だ。浅くするようにくどく言ったのだが。深くしたり、浅かったり、ましてやってないところがあったりで、これでは良い田んぼにならない。代かきで回復しようにも、ゴムリンの耕運機だから困難。ともかく午後から、岩越さんが畔塗の指導に来てくれるので、それまでに少しでも進めなくてはならない。

午前中に終わったのは、三畝一枚であった。まぁ何とか、一日やれば終わる。60分動かして15分休めるという機械である。速度は1速のみ。手植えでやるのだから、どんな代かきでもできないことはない。その間に、入水口と排水口を調整した。ここで、上の田んぼのおじいさんに怒られた。そんなに水を使ってはならないというのだ。牛島田んぼだけが使う水である。この水はほかの田んぼに行くわけではない。代かきをするのに十分の水を使ってはいけないという意味がわからなかったが、水に関して何かあるということはよく分かった。この何かは、どこへいってもある。理屈を言っても始まらないことで、ともかく従うことが一番である。そのうち意味が分かるはずである。上の田んぼの排水がなぜか、牛島田んぼに入っている。水路に接しているのに、これも不思議なつくりだ。

畔塗は岩越さんがどんどんやってくれた。さすが、様子が違う。午後からの畔塗のほうが、代かきを追い越してしまい。これで田んぼの様になった。近所の人も少しは安心してくれるかもしれない。畔は、しっかりと高く。水の動きを少し変えた。淀みはできなそうな田んぼではある。田んぼにまんべんなく水が回るようにしたい。なにしろ粗い代かきだ。案外土の状態は悪くない。しかし、線が引けそうにないので、水糸を目安に引くことにした。田植えも苦戦するとは思うが、1反を大勢で2日かけてやるというのだから、これはそう心配しないでもいいだろう。水が抜けると言っていたが、今のところ、水はたまる。8センチの水位は保つ。今の調子なら問題はないようだ。やはり冬にやって置いた周辺整備が生きてきた。

 - 稲作