マニフェストと言われても
自民党と、民主党の、ついでのように他の政党も、マニフェストが比較検討して、論じられている。が、少し考え方がおかしくないか。自民党の4年間の実績をいかなるものであったかを、深く検討することが最初ではないか。その上で、良かった事、問題だった事を洗い出す。それを前提として、今後自民党がその問題点に対し、どう対処するのがのぞましいか。よかったことをどのように展開するのか。つまり、政権党は別の観点でマニフェストを検証する。その整理を終えてから、民主党のマニフェストを検討する。この順序でないだろうか。各党のマニュフェストを並列して比較するべきではない。大きくは、「自民の実績と、民主の展望」を比較してみる。自民の実績の一番は、格差社会を作ったことだろう。民主の展望は、何を言っているのか良く分からない点。両者とも評価はむずかしい。実に残念である。しかし、初めての政策選挙と言う意味では、それなりの民主政治の進歩と言える。と言う事にしなければ。
自民党の政策、10年先には手取りで100万円増やします。何という下品なマニュフェストだろう。国民をバカにするのも程がある。こんな政党を許す必要はない。確かにこれが自民党政治の長年のやり方なのだ。国民を金権思想に汚染した。金をちらつかせれば、札束を吊るせば、何とでも成ると思っている。何ともいやらしい。本来の日本人はもう少し、お金に対して、繊細であった。国民として、そんな風に見られているのかと思うだけで情けない。田中角栄伝説に、「新聞少年の二十歳の主張に感動して、角栄氏、涙ながらに壇上に上り、これで美味しい物でも食べなさいと、お金を手渡した。」と言うのがある。ここまで行くと、下品ではあるが、お金のありがたさの、ない者の苦しみを経た人間だけの、共感がある。麻生さんの口から100万円の話が出ると、どうも金持ち目線の見下した視線が曲がった口の端に、にじんでくる。求めるのは、経済成長路線ではない。
翻って、民主党は「友愛」を主張。こんな事を総理大臣をやろうという人が、述べるもののだろうか。さすがに、浮世離れしている。こう言う道徳的なことを、真っ先に口にする人には、いかがわしいと言うか、怪しい人が多いものだ。自分に対する友愛を求めているのかもしれない。もちろん友愛自体には文句はない。政治家から言われると、この言葉も胡散臭く、空疎な空っぽな感じがしてしまう。「貧乏人は麦を食え。」こんな言い草は政治家らしく、いかにも具体的でいい。米価高騰に対する大蔵大臣の回答である。確かに我が家では麦を食べていた。脚気予防だというのだけど、冷めた麦飯というのは、なかなか食べずらいものだった。友愛を、分かりやすく具体的政策に表すのが、政治の役割だろう。民主党の農業政策は本当の所は、見えない。良さそうに周辺を書いてあるが、これで行けるとはとても思えない。はじまった先の大変さに思わず目を覆う。
社民党のマニュフェストには、最低賃金1万円。というのがあった。全く、がっかりである。こんな所から政策を主張するのが、昔の社会党の訳のわからない、労働組合政党の臭いがする。1万円ももらえる労働者がいるのか。農業者はどうしたらいいのか。農業においては、最低賃金が壁となって、雇用が出来ない。福祉関連でも、最低賃金が障害になっている。労働者の権利の主張とでも言うのだろうか。農業者はどこに位置づけられるのだろう。誰に1万円をくれといえばいいのだろう。お金でない所から、出発できないものか。1万円要求に、資本に対する奴隷の思想を感ずるのは、私のひねくれ根性ゆえか。日々、穏かな暮らしが、平和におくれること。それの方がいい。お金があっても、こんな不安な社会では駄目だ。
昨日の自給作業:ネギの植え付け1時間 累計時間:11時間