普天間第二小学校の米軍ヘリ窓落下事件
普天間第二小学校に米軍ヘリが人為的ミスで窓を落下させてしまった。本来飛んではならない学校の上空の事故で、校庭に落ちた。そばで子供が遊んでいるときだった。危機一髪のところ、子供たちには当たらないで済んだという。落ちてきた窓が弾いた小石が当たった子供が居たというほどの危うい事故であった。その数週間前にはやはり、幼稚園の屋根にヘリコプターから部品が落下した。もう今年は沖縄ではヘリコプターが大破する落下事故が2度もあり、いつ何時人身事故が起こるのかわからない状況になっている。にもかかわらず、米軍はヘリコプターの訓練を継続し続けている。それに対して、政府は相変わらず何も言えないでいる。及び腰というか、アメリカの傀儡政権としか思えない。沖縄への米軍基地負担削減どころか、ますます増加しているのが現状である。その背景にあるものは、北朝鮮のアメリカに対する核ミサイル攻撃の脅しである。アメリカは初めての本土攻撃の現実化に焦りを深め、北朝鮮先制攻撃を用意し、軍事訓練を強化している。
アメリカ軍の軍事訓練がエスカレートしているのだ。米軍は軍事予算が不足、人員も不足する中で、北朝鮮攻撃の準備に入ったために、兵士の疲労が深刻化して、事故が連発している。日本政府の形ばかりのヘリコプター運航中止の要請も全く無視されることになっている。こうした沖縄での事故の多発は、ベトナム戦争時、湾岸戦争時、にもあって、今回の事故多発はまさに臨戦体制に入っていることを示している。トランプ大統領はエルサレム首都発言によって世界から孤立した。国連での撤回要求に対して、賛成した国には援助をしないと脅すほどエキセントリックになっている。孤立したという意味では、北朝鮮もアメリカも同様の事態だ。北の暴発の恐ろしさは、暴君がまともではないかもしれないというところにある。そしてトランプの恐ろしさは、圧倒的な武力を背景にした偏狭な利己主義者というところにある。日本では第2次大戦後最高に戦争の危機が迫っている。
その中で起きているのが、沖縄差別である。普天間第二小学校をわざわざ普天間基地のそばに作って、事故を待っているのだろうなどという、心無い誹謗が宜野湾市に送られているという。国家主義というものは危機に至ると弱者攻撃が始まる。関東大震災で起きた、朝鮮人の虐殺事件と同様である。アベ政権支持者たちは、沖縄が悪いから日本が危ういのだと、問題を弱者に転嫁しようとしている。北朝鮮問題に対して何も前進が出来ない現実から目をそらせようとしているのだ。北朝鮮問題の解決が出来ないでいるのは、拉致問題を見えればわかるように何十年も続いている。政府が努力をしていないとは言わないが、効果的なことは何もできなかったのは事実である。そして、北朝鮮は経済苦境に陥っていると、間違った情勢判断を持ってしまった。まさか核ミサイル開発ができるなどと予想していなかった。それは中期防衛計画を見れば、中国が仮想敵国であり、北朝鮮仮想敵国になっていないという事でも分かる。
日本政府は対応を誤ったのだ。石原氏の誘導によって、尖閣問題でわざわざ中国と事を構えてしまった。韓国で起きていることを見ればわかる。韓国は中国へ工場進出など行い、あれほど接近しようとしても、米軍利用のミサイル基地をつくるということになれば態度が一変する。中国は韓国への団体旅行の禁止を打ち出した。日本はどこまでも中国との平和的関係を深めるほか道はない。石垣にミサイル基地を作れば、石垣への中国からの旅行は禁止される可能性が出てくる。アメリカ一辺倒のアベ政権のやり方では、リスクが高まるばかりなのだ。中国やロシア、との関係を深めるためには、アメリカとの軍事同盟は邪魔になるばかりだ。日本の安全保障をトランプに依存してもよい結果には間違ってもならない。中東での戦争に自衛隊の派兵を求められても困るばかりである。北朝鮮は核ミサイルを持つことで、北朝鮮自身のリスクが高めている。軍事力で国の安全が高まるなどという事はもうないのだ。日本は平和外交とは何か、本気で模索すべきだ。