大田市場の見学

   

こうした建物が4棟あった。

小田原有機の里づくり協議会で、東京の大田市場の見学会を行った。農の会の仲間の根守さんという方が、東京青果株式会社の専務さんと大学の同級生で、今回の見学会が実現した。しかも、同級生という関係もあってか、卸売市場のかなり深部にかかわる、様々なご意見を聞かせていただくことが出来た。農業にかかわる者として流通の卸売市場の役割を知ることのできた特別な体験であった。私のような小さな自給農家にしてみると、一番遠くにそびえたつのが中央卸売市場という存在である。平原の向かいの高い山に登って、平原の果てにあるような小さな自給農家を考えてみるのもあながち無駄ではない。ともかく大きいことに驚かされる。東京青果の方が要領よく案内してくれたので、どういう流れになっているかが覗えた。お忙しい中で時間を割いてくれたのは、申し訳ないことだったが。感覚を揺さぶるすごい体験であった。

ここはセリをしているところである。前に有るのがリンゴでこれから競るために仲買人の方が下見をしているところ。ここでトップセールスが行われた。

この日は、長野県の高山村から村長や農協の代表が見えて、トップセールスをされるという事であった。その意味が事前で聞いただけではわからなかった。農協長の話は極めて情熱が籠っていて、生産農家の熱い思いを代弁しているという事が実感できた。そしてその熱い思いは、仲買人に伝わっていた。ここが想像できななかった生の人間の世界であった。リンゴのサンつがるの売込みである。サンつがるのセールスポイントは爽やかリンゴという事であった。つまり、甘みがくどくない。という事は糖度が低いという今時では弱点でもある。試食させていただき、ほど良い酸っぱさが確かに爽やかで好感が持てる。仲買人がこのリンゴをどのように競り落とすのかである。仲買人には生産農家を支えようという気持ちがある。決して買い叩けばいいというような感触ではない。農家の気持ちと消費者の気持ちをつなぐ良い橋になろうとしている。ここで直接顔を合わせる相対取引というものが重要になる。

一房15000円で落札されたブドウ「ルビーロマン」。

巨大な流通といえども私がやっていた、卵の宅配と同じ感触がある。通販で15000円で売られているルビーロマンが、競りでも15000円であった。要するに人間の生の接点世界である。私が本気で卵の生産を出来たのも、食べてくれる人の気持ちだった。そういう人間性があの巨大な卸売市場で生きているのが日本的と言える気がした。私たちの小さな宅配でも、巨大な市場でも少しも変わらないことに気づかされた。ついつい大きいと人間が居ないような気になってしまう。もう一つ新鮮だったのは展望のある農業政策が日本にはないという専務の指摘である。

そして専務なりの日本の農業は極めて有望という自説を展開された。農業も政策の立て方次第で希望が出てくる。6次産業化は成功しないと言われた。まずは若い人がやる気になるような農業は別だと言われた。農業は苦しく大変な技術を要するものだという認識が必要だ。補助金とか、奨励金では継続できない。農業大学の卒業生、農業大学校の卒業生に農業の実践体験をさせる必要がある。それを各農協が管理運営して、必要な農家に送り出すようにする。辛い体験をした10%ぐらい農業をやれば農業者人口は十分だと言われていた。

小田原ではなかなか大田市場に出すような農家はないらしい。梅干しくくらいのようだ。然し専務の話では、小田原が何らかの単品を産地として形成すれば十分可能性があるとのことだった。そういう気持ちがあるなら東京青果でも協力したいと言われていた。茨城では休耕地をキャベツの産地化した例を言われていた。なるほどいろいろのやり方があるものだと感心した。要するに意欲次第で道はある。結論から言えば、有機農産物の取引量は減少傾向という事である。専務の見方としては、一般の農産物の残留農薬や、農薬の問題点が減少した、と消費者が判断してきたのではないかというご意見だった。また、有機農産物とそうでないものの差異が、卸売市場では不明瞭になるとも言われていた。流通からの有機農産物の眺めである。有機農業では一般流通では平原の果てに消えかかっている。政府の目から見ると、有機農産物はないに等しいという判断になる。有機農業が違う販路を確立したという側面は、数字的に見えてこない気がした。

 

 - 地域