食糧自給力
農水省は食料自給率の目標を50%から45%に下げた。39%でこう着状態で、50%などと大きすぎる数字をいつまでもみっともないという事だろう。本来食料自給率は100%が健全な国家である。50%の目標すら、下げざる得ない現実を情けないとは考えないのだろうか。早く人口減少が進むほか45%の目標の達成もないだろう。お金にならない事は価値が無いという、考え方がこうした状況を生み出したのだろう。一方で聞き慣れない「食糧自給力」というものを持ち出してきた。食糧輸入が途絶えた時に、日本の農地と農業で、どれだけの食糧が作れるかという計算である。さつまいもを作って食べれば、飢える事は無いという、エネルギー計算だそうだ。正直不可思議な数値が出てきた。確かに、食糧安全保障という意味で、こういう数字を出して安心してもらうと言うことも必要なことかもしれない。
それにしても、「食糧自給力」は本当の数字であろうか。どんな産出の仕方をしたのだろう。一番の疑問点は、誰が作るかという事を、どう想定しているかである。現在の食糧生産で一番の問題は、労働力である。労働力が倍増しなければ食糧生産が倍増するわけがない。農業技術の有る労働力はどうやって確保するつもりなのだろうか。食糧生産では労働力が一番の課題だ。戦中戦後の食糧難時代は、大半の日本人は農民だった。しかも、伝統的農業技術を身に着けていた。現在は農業技術のある人は、急速に減少している。販売農家数が141万軒。農家数は減り続けている。農業者の平均年齢が66.2歳。毎年老齢化は進んでいる。農地は放棄が進んでいる。多分、農地の面積から食糧自給力を計算しているにすぎないのだろう。農業というものを素人でもすぐにできると、少し甘く見ていないか。確かに、指導する農家がいる間は、まだ可能であろうが、その技術力をどのように想定するかである。
芋を食べる想定をしている。多分北海道ではジャガイモという事だろう。場所によっては、里芋ということもありうる。色々の芋を食べる。悪い発想ではない。戦後の食糧難でもイモを食べた。それも飼料用のサツマイモの代用食で、まずかったそうだ。この植えた戦後の時代でも、サツマイモの育て方が分からず、相模原の入植農家が飢え死にしたと言う。父と母は、この入植地で出会った。母が農業が出来るので、祖母が是非にということで、結婚したらしい。東京の一家は入植したものの、全く農業生産が出来なかったのだそうだ。その頃復員した叔父は、東京大学の農学部の大学院にいたのだが、農業の役に立たなかったといつも言われていた。食糧自給力の発想が現実離れしているのは、田んぼの裏作に麦を作れると言う事を考えていないようだと言うことだ。少なくとも、農地を表裏で200%利用すれば、現状生産力に比べて、簡単に倍増する。畑も同じ事である。
食糧生産の基本を教育に取り入れることだ。食糧自給科目を義務教育の必須科目にしなければならない。さつまいもは、種を撒くのではない。芋を植えるのでもない。挿し木をする。挿し木はどうやれば枯れないで育つか。そういう基本的な事を義務教育で学ばなければならない。食糧輸入がとだえる時代を想定するのであれば、エネルギーも自給的に考えなければならないのだろう。確かに国家というものを考えた時に、日本列島という地域で、どれくらいの人間が、どのように自給的に生きることが可能なのかは、常に想定しておく必要がある。多分その事を突き詰めて行けば、外国と戦争をするなどという事がいかに馬鹿げているかが分かるはずだ。農水省も、もしかしたら、「地場・旬・自給」の思想に目覚め始めているのかもしれない。是非とも、あしがら農の会の行っている実証実験を参考にしてもらいたいものだ。