水循環基本法

   

甲府盆地から見た山 10号 良く描けていないのだが、掲載することにする。自分の中にある、里山的的なものと、自然としての山の風景の関係。その内又描いてみる。

水循環基本法法律成立までのことや、今後の課題には、東京財団研究員兼政策プロデューサー吉原 祥子氏の解説が掲載されている。

・水を「国民共有の貴重な財産」と位置付ける
・政府は水循環基本計画を定め、5年ごとに見直す
・内閣に水循環政策本部(本部長=首相)を置く
・政府と自治体は森林、河川、農地、都市施設などを整備する
・政府は水循環に関する研究開発を推進し、研究者を養成する
・8月1日を水の日とし、政府と自治体はその趣旨にふさわしい事業を実施する

外資による森林買収は地下水の開発が目的とされ、林野庁の確認では平成17年以前は5件、20ヘクタールだった森林買収は、18~24年は68件、801ヘクタールに激増した。買収地域は北海道が中心で、群馬、神奈川、長野などにも広がる。ーーー産経新聞より

水は国土にとって重要なものである。水土の国日本の基本となる条件である。地下水を含めて、水を大切に管理することは、日本の国土を守り、育て、暮らさせてもらう大前提である。現在、小田原周辺でも土地所有者が山の管理をできなくなっている。耕作放棄地も増えている。田んぼの水路の管理も手が回らなくなってきている。こうした状況の中で、土地は日本人以外でも当然購入できる訳だから、水源の森を買う外国人も出てくる。日本の株を購入する感覚と同じなのだろうか。外国からの投資を歓迎するなら当然こういうことが起こる。現状で、801ヘクタールということだから、この調査が正しいものならば、小さな数字である。「政府と自治体は森林、河川、農地、都市施設などを整備する」とされているが、実効のあるものではない。各地にある条例のように、土地所有者に水源の森の管理を義務化しているころでも効果がない。中国に日本の水資源が略奪されるように発言する人がいるが、そんな問題とは本質が違う。

産業として成り立たないことは、今の日本ではないがしろにされるのである。又、土地所有者にしてみれば、ないがしろにしたくてしている訳ではない。それ以外経済的な意味での道がない。法律を作ることも、大切なことではあるが、その背景にある、経済至上主義の様な、利益の出ないことには意味がないというような資本主義経済の問題である。山や、森や、水を守るということは、自分のことではない。未来の人類の為のことだ。利己主義的な傾向に社会が成れば、誰も管理する人などいなくなる。経済の弱いところから、放棄され、汚され、失われてゆく。この構図が変えられなければ、水を守ることなど出来るわけがない。小田原の山は放射能で汚染された。そのままでは農業に問題がある場所すら存在した。当然水も放射能汚染された。東京の水道水でも、赤ちゃんのミルクには使えない事態が起きた。この水を汚染した責任は、東電にある。工場が排水で川を汚染すれば、罪が問われる。東電は何の責任も取っていないし、追及すらされていない。

私の住んでいる舟原地区は、久野川の土石流による、土砂災害危険地区に指定された。指定されたたが、その対策というものはされていない。山はどちらかと言えば、良い方向とは言えない。大雨は年ごとに深刻なものになる。箱根外輪山山腹の山崩れも、毎年繰り返されている。たぶん日本の国土全体でみれば、さらに深刻な問題が起きているに違いない。そうした中でも、土地を購入したいという外国の人がいるというのは、どういうことになるのか。将来値上がりする期待感か。投資目的で購入しても管理をできないだろう。収奪的に水だけを持ちさるなどということは、よほどの条件でなければ不可能である。もし、日本の名水として、中国で販売しようというのなら、良い水を管理して行かなければ、売ることなど出来るわけがない。良い水を作るという行為は、利益など考えていたら出来ない仕事である。土地所有者以上に国の具体的な管理責任を明確にする必要がある。

この問題は、外国人の買いあさりを畏れる前に、日本の国土を水を基盤として、どのようにして循環してゆくかを考えなければならない。所有者に責任があると言っても、責任が取れない場合、国が土地を引き取るような制度すら現状日本にはない。持ち主の管理できない山林は膨大に存在する。ここで環が途切れている。生産の場であったはずの、都市近郊の山が再生できないような林業の実態。エネルギーであった薪炭林が、石油輸入依存。国土を守り育てるためには、目先の利益だけではない。先祖に見守られ、子孫に少しでも良い水土を残そうという思いである。日本という国で、経済優先で失われた結果が、水資源に現われている。水源の信仰。水を汚すことへの畏れ、暮らし方をもう一度考え直す必要もあるのだろう。この法律が実効性を持つためには、外国人の所有がおかしいというような産経新聞のような考え方では、どうにもならない。

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