鳩山代表対麻生総理

   

世襲制の政治決戦。元老のお孫さん対決。何か、日本的というか、一子相伝。家元制度。黒帯とか、師範とか。どこの分野にもある、エモイワレヌ因習。どうしたらいいのだろう。歌舞伎のような伝統芸能の世界ならそれも良い。しかし、実力が出てくる世界、大相撲のような所では、若貴兄弟横綱は例外的だが。モンゴル勢台頭と成ると、いくら良い家のボンボンでも出る幕はない。と言う事は、政界というのは、歌舞伎とか、能とか言うような、レベルの伝承的世界なのだろうか。自民党の40%の衆議院議員が世襲議員。閣僚と成ると、17人中11名が世襲議員。当の麻生さんですら、あまり感心したことではないと。一応は述べていた。それは選挙地盤の引継ぎを発言しているのだ。地盤云々に限ることではない。議員の息子の方が自民党の公認を取りやすい。政治家は、就職じゃないよ。閣僚というのは、全国民中の17名である。その11名が世襲という現実は、日本の情けなさそのものである。

優秀な人材が政治に向わない。向えない。タレントのように、テレビで人を引きつける様な発言を連発できる人なら、政治家に食い込めるが、政治能力があっても、とっさの受け答えが面白いような人は少ない。偶然、「山ちゃんのジャーナルしちゃうぞ」というマイナー番組に、この地区の衆議院選挙候補が出ていた。この人は「政策でする選挙」を何度も発言したのは、良かった。山ちゃんが「それで戦う政策はどういうものですか。」この時、なんと「皆さんのご意見を集めて、政策を作る。」こう答えてしまった。つまり政策がないという印象である。さらに、「総理大臣に成りたいか。」なりたいそうだ。「では麻生さんとどこが政策が違うのですか。」こう聞かれて、相手のリズムに乗り切れず、結局しどろもどろであった。テレビ向きの人がいる。この候補者がテレビの作られた印象ほど、無能とは思わないが、漫才師相手に丁々発止、そのリズムで自分の意見が言える人は少ない。この人もお父さんは、県会議員らしいが。

何故、世襲中心になるか。それは日本人の家柄信仰にある。農家も家を存続することが絶対であった。そうしなければ、食べていけなかった。家を中心にして全てを回す、江戸時代の政策として、倫理観の形成が行われた。長男は家督相続者と言う事で、食事でも他の者と別扱いであったりする。大百姓の家には、長男しか上がれない、一段床の高い部屋があった。殿様と、坊様と、家督相続者しか上れない。こう言われてその他の者は台所の隅で、ご飯を食べる。こんな空気の中で、小さな小作農家まで、いつか大家になる、という気持ちで尻をたたかれてきたのが、明治以降の日本。日本全体がそういうところから、徐々に抜け出てきているのは、いいことだが。どちらかといえば、気分はみんな大家になったような所がある。こうした根底にある、気分を。上手く取り込んだのが、政治家の世襲制度である。結局は、利権温存の策略である。

世襲に似ているのが、免状制度。貴殿の三段相当の技量を認め、免状を付与します。将棋とか、柔道とか。免状発行の利権。家元制度。お花。お茶。舞踊。要するに集金制度である。あらゆる分野に蔓延る。生涯無一物のはずの、お坊さんの世界ですら、位の順位がお金に結びついている。家系。家柄。嫌なことである。あっては成らない。日本人の意識が表れている芸能人の人気。如実にだれだれの子供というのがある。小泉元総理の子供タレント。石原慎太郎氏の子供タレント。いくらでもいる。困るのは、選挙の投票行動に大きく影響すると言う事である。影響がある以上。政党が利用するのは当然の事。鳩山家では、やんちゃ坊主の弟が、内閣で騒いでいるが人気もあるようだから、もし麻生氏が又投げ出しなどをやれば、総理になって兄弟対決もないとは言えない。若貴の兄弟決定戦も一度はあった。相撲なら良いけど。ちょっとすごいことになる。

昨日の自給作業:大豆畝たて2時間、カボチャ植え付け1時間。 累計時間:19時間

 - Peace Cafe