絵を語る会

   


 車の中の描いている状態。紙はファブリアーノで中判全紙。


  
 この甲府盆地の風景を見ながら上の絵を描いている。1955年に見ていた記憶を描いている。

 絵を語る会は、水彩人展を始めるより前からやっていた。春日部洋先生が水彩画の研究会の集まりを持ってくれていた。春日部先生は水彩画について熱い思いがあった。月一回都内のあちこちの場所を借てやっていた。美術家連盟の部屋を借りて行う事が多かった。

 メンバーは6,7人で、今水彩人にいる人では、三橋さんと栗原さんと私の3人になる。毎月描いた水彩画を持ち寄るのだから、それなりに大変だった水彩画のことは全く知らなかったので、とても勉強になったと思う。春日部先生が批評してくれたということもあるが、自分がなぜこの絵を描いたのかということを語ることが中心だった。

 春日部先生が亡くなった後も残ったメンバーで続けてきた。そして水彩人の中でも復活させて再開した。絵を語ることなど良くない。というような職人気質の絵描きの方が多いだろう。頭を使うことを絵描きの恥とするのは、どうも日本の職人の修行と同じで、無理偏にげんこつと書くというのが職人世界。

 黙って修行するのが一番だとおかしな伝統が、芸術家である絵描きにまで及んでいる。つまり日本の絵かきは基本は装飾美術の職人なのだ。芸術としての絵画はほんの一部の人のやってきたことに過ぎない。

 商品絵画である以上、自分の技術は教えない方がいい。技術にパテントを取るような精神なのだ。実際に特許を取った作家もいるらしい。などと、平気で言う人がいる。人の絵を批評するのも、教えることになるからやめていると聞いたのには呆れた。

 絵画をその程度のものと、考えていることになる。そういう人の絵はまるで成長がない。それはそうだろう、盗んできた技術を組み合わせてでっちあげることを制作だと考えているのだ。獲得した技術は次の絵では捨てるべきものなのだ。制作は一作一作新しいものになる。

 中川一政氏は絵を語る意味を重いものとしてとらえている。絵は丹田で描くが、絵は頭で考える必要があるとしている。盛んに研究会をされていたし、筆記試験までしたそうだ。絵を描くことは知的なことだから、まず頭で考えるのは当然のことになる。

 筆記試験もいいが、考えるためには語ることが重要である。口に出して言う事で初めて明確になることが沢山ある。自覚である。ただ思っているだけでは自覚にならない。頭の中にあることは実はとても曖昧なことなのだ。わかったつもりでも口に出して説明ができないことばかりだ。

 自覚するためには頭で考えることが必要になる。口に出せば、考えていたことが実はずいぶん曖昧であることが自覚できる。それを明確にしようとすることが、絵を考えることになる。絵のことなど実は少しも考えていないのが普通のことなのだ。

 これが絵を語る会の重要な点である。描いた絵をなぜこの絵を描いたのかを語る。語っているうちに何故描いたのかが初めて明確になることもある。わかっているようでも、人にわかるように伝えられる能力は、なかなかないものだ。

 絵は感性で描けばいいと考える人もいるのだろうが、それは危険な考え方だと思っている。感性は若い時の方が鋭い。その人らしい感性があふれている。若いころは良かったのだが、今はどうだろうか。若いころの模写をしている。そういう人は良くいる。それが感性だけで描いて居ると、停滞して、繰り返しになり、陳腐化する。本人は手際は上手にはなるもので、鼻高々なのだが新鮮さが失われる。

 身体を使うスポーツであっても、世界レベルになるためには良いコーチについて、その人にあう適切な訓練が必要である。もちろん競技者自身が考えることも重要である。ただただやればいいと考えるのは、長嶋茂雄選手のような一部の天才のことである。

 天才と自分を思えないので、頭を使って訓練を繰り返している。絵の成長のために必要なことが他人とのかかわりである。良い仲間を持ち切磋琢磨しなければ、絵が良くなることはない。中川一政氏には武者小路実篤氏や梅原龍三郎氏や岸田劉生氏や岡本一平氏や石井鶴蔵氏がいる。それらの人の支持があってこそ、あの下手な絵をあそこまで高めることができた。

 頭の訓練だと思って、毎日ブログを書いている。ブログを書き初めて気づくことの方が多い。書きだした時とは別の結論になっていることもままある。頭の中で思っていることは案外に論理的ではない。ブログで文章にしてみて、初めて意味が明確になる。

 私のブログは絵を描くために役立っている。今書いて居るこのブログも自分の絵の描き方を明確にできた。そのうえで、雨の中今日も甲府盆地の空間を描く。思い出しながら、よく見ながら、絵を描いている。そしてこの絵が語れるようなものになるように描く。


 絵を語る会もブログと同じなのだ。言葉に出してみることで気づくことがままある。語っている内に、自分の絵の方向が見えてくるという事がある。水彩画の研究会をやろうと、春日部先生に言われて参加したものだが、研究の仕方も様々に提案があり、だんだん絵を語る会に収束したものだ。

 絵を語る会があったからこそ、私の絵は出来てきたと思う。絵を語るのは良いのだが、一人で語る訳にもいかない。良い聞き手がいてこそ、絵を語る会は成立する。良い聞き手にならなければならない。そう考えて参加している。みんなが自由に心の中を語れる場にしたいと思っている。

 まずは今日も昨日より良い絵を描くこと以外にはない。ただひたすらに絵を描く。それは素晴らしいことだし、実にやりがいがある。良い仲間もいる。良い発表の場もある。石垣島で十二分に絵を描くことができる。いよいよ本領はこれからである。
 

 - 水彩画